アメリカでバカ売れの作家、コリーン・フーヴァー人気を捜査する

 アメリカで、コリーン・フーヴァーの本が売れまくっています。

 スティーブン・キングやらニコラス・スパークスのような大御所ベストセラー作家でもなく、ジョージ・R・R・マーティンのように大ヒットドラマや映画とのタイアップがあったわけでもないのに、なぜ突如ベストセラーチャートを席巻するようになったのか?

 異常なまでに盛り上がっているコリーン・フーヴァー人気を徹底捜査しました。

コリーン・フーヴァー旋風がすごい

 以下のベストセラーランキングをご覧下さい。
 いずれも2022年9月最終週~10月初週集計。米アマゾンとニューヨーク・タイムズ紙のフィクション小説部門のベスト10です。


 タイトルは違えど、ベスト10のうち4冊が同じ作家による本です。そう、コリーン・フーヴァー!! アマゾンのほうには、まだ発売されていない新刊まで入っていますね。予約だけでトップ10入りしてしまっているという・・・。

 しかも、これ、既にちょっと古い話題というか、昨日今日こうなったというわけじゃないんですよ。なんかコリーン・フーヴァーさん、ここ2,3年ずっとベストセラーチャートの常連です。ただ、今年に入ってからあまりにもチャート独占がすごいので、多くのメディアで取り上げられたり、本に普段あまり興味が無いような一般大衆にもその名がどんどん浸透してきている感があります。

 2022年(まだ数か月ありますが)に売れた本のトップ10冊のうち4冊はコリーン・フーヴァー作品とのこと(NPD Bookscanによるデータ)。しかも、新刊ですらなく、出てから数年経った作品がランクを上げてきたり、今までの本の売れ方とかなり違うそうです。異常ともいえるスピード、勢い、持続力です。

 すごいのが、この売れ方にまったく衰える気配が無いということ。作品のいくつかは映画化が決定しているし、このまま当分はコリーン・フーヴァー人気は過熱していきそうな感じです。

コリーン・フーヴァーさんって誰

 いきなりアメリカ出版界のベストセラー量産作家になった感のあるコリーン・フーヴァー。意外とキャリアは長く、デビューは2012年。ここ10年の間に長編を20作以上出していて、そのペースもすごい。デビュー作がYA小説だったため、YA作家にカテゴライズされがちですが、意外にもご本人は「若い読者(高校生以下くらいを指していると思われる)にはあまり自分の本は勧めない」とおっしゃっておられ、インタビュー動画からはおそらくご自分をNA作家と位置付けておられるのでは、と感じました。NA=New Adult、主に大学生~20代くらいを想定読者にした小説でここ10年くらいで売り上げを伸ばしているジャンルです。

洋書の年齢別ジャンル

 彼女の小説はジャンルや内容の説明が難しいのですが、まあ言ってしまえば間違いなく「大衆小説」「通俗小説」です。間違ってもピューリッツァー賞とかとは無縁なエンタメ路線です・・・今は。

 「今は」と書いたのは、かなり器用な作家さんで「なんでも書ける」っぽいのです。これまでも、YA、ロマンス、サスペンス、超常現象モノと幅広く書いておられます。なので、「ミステリ作家」とか「ホラー作家」とか一言で紹介できず、「まあ読んでみてよ」としか言えないという・・・。今後はどういう方向で行くのかさっぱりわかりません。

 そんなコリーン・フーヴァーさん、ここに至るまでに人生がまるごと絵に描いたようなアメリカン・ドリームですごい。

 コリーン・フーヴァーは、1979年生まれの42歳(2022年現在)、テキサス州のド田舎小さな街出身、シングルマザーに育てられ、「トレーラー暮らしでとても貧しかった」そうです。現在、結婚してご自分のご家庭を持たれてからもそこに在住。3人の息子さんのお母さんでもあります。

 幼い頃から作家になりたかったという彼女は、趣味で物語を書き続け、友達や家族に作品を読ませたり、高校生の時にもライティング・コンテストなどに入賞して才能の片りんを見せています。しかし、早くに結婚し子をもうけ、「作家では家族を養えない」と考えた彼女は、大学を出てからはソーシャルワーカーとして働き、2012年の1月、31歳の時に自費でキンドル本『Slammed』を初出版。と言っても、これは出版するつもりもなく書いたもので、その頃キンドルを買った母親に自分の小説をそのキンドルで読んでもらうために、PDFをアマゾンのサーバーにアップロードしてみただけだったという・・・。つまり、小説を書くのは単なる趣味、キンドル本を作ったのも趣味の延長・・・。
 そんな無欲のキンドル本がブック・ブロガーの間で評判となり、同じ年の8月にはデビュー作の一か月後に出した続編も含めてニューヨーク・タイムズ紙でベストセラー入り。仕事もやめ、出版社と正式に契約して専業作家となりました。

 以後、コンスタントに作品を出し続け、現在の大ブームに至ります。しかし、なぜどうしてこんなにも爆発的に人気があるのか? 他の作家とどこがどう違うのか? 

 上記だけ読んでもこの異常な人気はいまいちできないことと思います。ということで、彼女の作品の中でダントツに売れている二作『It Ends With Us(世界の終わり、愛のはじまり)』『Verity(秘めた情事が終わるとき)』を読んで、私なりにコリーン・フーヴァー人気を分析してみました。



コリーン・フーヴァー作品が売れる理由

1)SNS、特にTikTok時代の申し子

 コリーン・フーヴァー人気とTikTokの興隆は完全にリンクしていると言えます。
 TikTokと本・・・私も当初はうまく結びつかない組み合わせだなあと思っていましたが、TikTok内で「♯BookTok」というハッシュタグをつけて本に関する動画を発信するコミュニティ、いわゆる「BookTok」の盛り上がりがすごいのです。(Instagram内の「♯Bookstagram」、Youtubeの「BookTube」も似たようなコミュニティで、人気はあるが、その規模と勢いはBookTokには遠く及ばない)
 コリーン・フーヴァーの本は、BookTok世代がどんぴしゃりでターゲット読者だったため、そこでまさにウィルスか強風の日の山火事かというようにあっという間に広まり、人気になりました。「当初は電子本ばかりが売れていたが、BookTokで話題になった途端、紙の本の売り上げが電子本を逆転するようになった。電子本だと若い子たちが貸し借りできないし、動画映えしないから」、これはコリーン・フーヴァーさん談です。
 上記の通りターゲットも的確なら、タイミングもまた完璧だった! 
 これはご本人もご指摘していたことですが、ちょうどコリーン・フーヴァー本がネットで注目され出したところを狙ったようにパンデミックがやってきます。パンデミックのせいで若者が時間を持て余し、TikTokに殺到!しかも読書の時間もある・・・ということで、BookTokで話題になった本を読んで、その反応をパフォーマンスのように動画にするのがクールになった・・・というわけです。こうなるともう制御不能な人気です。
 「コリーン・フーヴァーのファンは、コリーン・フーヴァーしか読まない」というのは結構指摘されていることですが、一度コリーン・フーヴァーのBookTok動画に「いいね」したりもしくは自分でもその種の動画を投稿すると、その人のタイムラインはコリーン・フーヴァーBookTokの洪水になります。元々あまり本を読まない層なので、タイムラインのコリーン・フーヴァー祭りに影響されて、次に読む本もコリーン・フーヴァーになってしまい、彼女の本しか読まないファンベースが生まれてしまうわけです。
 コリーン・フーヴァーは、TikTokがあっても無くても世に出てきた人かもしれませんが、ここまであっという間に人気になったのは完全にTikTokのおかげ、TikTokの持つ恐ろしいまでの口コミの力のためです。本当に一夜にして人の人生を変える力を持つプラットフォームです。

2)カダーシアン・ファミリーの影響

 アメリカに住んでいて解せないことは多くあるものの、そのひとつがこのカダーシアン家への注目と関心です。もはやなんで有名なのかよくわからず「有名なことが有名」な一家ですが、アメリカのインフルエンサー家族と化しています。
 その中のケンダル・ジェンナーとカイリー・ジェンナーというお嬢さん姉妹がいて、アメリカの20代女子にたいそうな影響力を持っておられるようなのですが、このお二人がまたコリーン・フーヴァー人気に拍車をかけたそうです。カイリーちゃんが、インスタのストーリーか何かに「『It Ends With US』読んでる、気に入った」とポスト。そして、ケンダルちゃんのほうも出演中のリアリティTV『Keeping Up with the Kardashians(カーダシアン家のお騒がせセレブライフ)』内で、同書を手にしているところがとらえられました(実際に読んでいるのか読んでいる演技なのかは不明)。
 これがすごい広告効果だったようです。出版社によると、この姉妹がコリーン・フーヴァー本と共に露出した途端、売り上げ爆増だったとか。さすがインフルエンサー。この影響力で気候変動とかウクライナの戦争なんとかできないものか。

3)ターゲットにあった賢いプロモーション

 上述した通り、BookTokに見いだされ愛された作家コリーン・フーヴァーですが、彼女ご自身もネットの使い方がとてもうまかった、これも大きいと思います。
 BookTokでの彼女の人気はほぼ自然発生的なもので、「作られ仕掛けられたブーム」という感じは無く、ご本人も「こんなに騒がれるなんて驚き」という反応を貫いていらっしゃいますが、もちろんご本人や出版社が何もしていなかったというわけはありません。
 一応「無欲のデビュー作」ということになっている『Slammed(そして、きみが教えてくれたこと)』の頃から、書評インフルエンサーたちに無料で自作を配布し続ける、といった作品のターゲット読者にあったプロモーションを行ってきました。従来のプロモーション、つまり、「有名作家に原稿送ってBlurb(和書の帯文みたいな宣伝文句)を頼んだり、本屋や図書館回ってサイン会したり、雑誌や新聞の書評に取り上げてもらったり、インタビュー受ける」というようなやり方が、コリーン・フーヴァー作品のターゲットには残念ながら時代遅れで効き目が無いということをよくわかっていたのでしょう。 


 また、デビュー当時は、SNS=フェイスブックな頃で、フーヴァーさんご自身がそこでファン・コミュニティを運営し、新作をプロモートしたり、読後の感想をファンが語り合い盛り上がれる場を提供していました。現在はメンバーは100万人以上!もちろんTikTokとインスタにもご本人の公式アカウントがあり、これがまたうまく使い分けているというか、やり過ぎない程度に自然に上手くやっていらっしゃる。
 コリーン・フーヴァーさん、本当にその辺にいるお母さん・おばさんって感じで楽しく親しみやすく、そしてイケメンの息子さんややさしそうなだんなさん、お母様まで登場して、読者の女の子たちが「こんなのいいなあ~」って思えるリア充感にあふれています。作品のファンにはならなかった私ですが、そんな私までコリーンさんご自身のファンにはなってしまいそうでした・・・。
 「他のライターにどうやったら(SNSで)ああできるのかって聞かれるけど、よくわからない。ただやってるだけ」とのことですが、炎上商法にも走らず自然体でうまいこと使いこなせる「SNS感覚」「SNSリテラシー」みたいなものが備わっている年代の作家さんなのかなと思います。そこも読者が作品と作者を支持する一因になっていると思います。

4)多彩な作風、作品数の多さ

 無名の作家のネット発の大ベストセラーというと少し前の『Fifty Shades Of Grey(フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ)』が浮かびますが、コリーン・フーヴァーがその作者のE・L・ジェイムズなどと違うのは、ブレイクした時点で「コリーン・フーヴァーをもっと読みたい」という読者の期待に応える作品が既に豊富にあった、そこだと思います。非常に多作な作家さんです。デビュー作でいきなりベストセラーになって、その後、名前が忘れ去られないうちに新作を出して作品を増やしていかなければならなかったほかのベストセラー作家とそこが違います。彼女の最大のベストセラー作品『It Ends With Us(世界の終わり、愛のはじまり)』が出たのが2016年ですが、この時点で10作以上長編が出ています。一発屋で終わらずなんだか次々チャートに入ってくる、というのは過去の作品数の多さが効いています。
 しかも、読者に「CoHo(コリーン・フーヴァーのニックネーム)は全部読まなくちゃ」と思わせるだけの作風の多彩さがすごい。「全部読もうと思ったけどなんか同じ感じで飽きた」とならないのでしょう。
「書いてみたいと思ったものを書いている、ジャンルは完全に気分で決めている」、「ロマンティック・コメディやヒストリカル・フィクションなども書いてみたい」とのことで本当になんでも書けそうな感じです。これって、「CoHoの〇〇〇が良かったから、もっとそういうのを読みたいと思って△△△を読んだら全然違ってがっかりした」という奥田英朗現象になりかねないと思うのですが(私は奥田作品大好きですよ)、「次に何が来るのかわからないのは私のブランドになっている」とご本人もおっしゃっている通り、今のところ多彩な作風は人気の後押しになっているようです。
 おそらくジャンルを変えても、エンタメ路線で一貫していて、下記のような要素をおさえているからでしょう。

5)売れる要素が詰まっている

 彼女の最大のベストセラーの二作を読む限り、過去に大きく当たったYA小説、NA小説、ロマンス小説、サスペンス小説の売れる定石みたいなのをきちんと踏んでいてすごいなと思いました。
 例として、『It Ends With Us(世界の終わり、愛のはじまり)』の、「まったくタイプの異なる二人の完璧な男性に主人公の女性が熱烈に愛され、どちらとくっつくかわからない」という設定、『トワイライト』や『ハンガー・ゲームズ』の定石ですね。読者の女子たちが「チーム・〇〇〇」「チーム・×××」に分かれて、「私は絶対〇〇推し」「絶対×××のほうとくっつくべき」などと盛り上がれるような設定になっているわけです。お約束の三角関係です。
 また、「決して誰も愛さない」とかのたまっていた男性が、なぜか主人公女性の魅力にだけには簡単に屈し、「こんな気持ちは初めてだ」となる、ロマンスのお約束ももちろん守っています。女の子の夢を叶えるCohoさんです。
 そして、数ページごとに挿入されるラブ・シーン(死語?)、これもがんばっています。ターゲットにYA~NA読者を想定している『It Ends With Us(世界の終わり、愛のはじまり)』とそれより上の世代を対象にしている『Varity(秘めた情事が終わるとき)』で性描写の過激度まで変えてきていて、器用なコリーン・フーヴァーさん。私のような中身おっさんみたいな女には、聴診器プレイやお姫様だっこがかなり辛かったので、ダメな人が読むとコメディになってしまうレベルなのですが、全米女子のロマンティックとエロ(?)のツボを刺激することには成功しているのでしょう。『Varity(秘めた情事が終わるとき)』は、グロテスクと言ってもいいエロさでしたし。CoHoさん、「300ページのエロチカ(日本で言う所のポルノ小説?)を書け」と言われたら言われたで、「はいっ、わかりました」と言ってさらっと書けそう。すごいエロ筆力を持った方です。

 また、上記要素をすべて入れた上で、『It Ends With Us(世界の終わり、愛のはじまり)』は、ベストセラーYAに求められる「売れた場合に続編を出せる結末と展開」という要素も押さえている感じ。アメリカでヒットしたYA小説やNA小説ってやたら三部作が多いのですが(『ハンガー・ゲームズ』『ダイバージェント』『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』などなど)、最初から3部作を書いているというより、まず売れそうな第一巻を書いて出してみて当たったら2→3と出す、というふうに本作りを進めているケースが多いとのこと。一作だけだとどうしてもファンベースや二次創作の世界で盛り上がらないらしく、登場人物を増やして作品の世界をひろげた2巻、それらが完結する3巻があると1巻のみの作品より長く売れるとか。

 『Varity(秘めた情事が終わるとき)』はそうしたシリーズにするつもりがなく一巻完結を想定している小説なのがよくわかるし、『It Ends With Us(世界の終わり、愛のはじまり)』は「これはこの後も二人の男性の間を行ったり来たり永遠に続けられるんでは」と思わせる結構うまいまとめ方をしていました。(と思ったら、やはり続編が出ます。)

代表作『It Ends With Us』の続編『It Starts With Us』、2022年10月発売

 設定~結末に至るまで、これまでのベストセラーの要素を入れた上で、コリーン・フーヴァー・ブランドを作り上げているというわけです。90年代の小室哲哉さん(古い例ですみません・・・)の作家バージョンみたい。

6)とにかくわかりやすい

 読者にああでもないこうでもないと考えさせたりせず、徹底的に親切でわかりやすい文章と構成、ばつぐんのリーダビリティを持った作品ばかりです。どんどん読めます。以下のような感じです。

文芸小説風『人魚姫』
「あの嵐の夜は、君はもっと髪が長かったよね?」
王子は振り返ると、昨日の天気のことでも話すように突然そう言った。
人魚姫の唇からは、いつものように一音の音声もこぼれることはなかった。激痛が走る脚を動かし彼女が王子へその手を伸ばそうとした時、彼はもう彼女を離れて歩き出していた。

コリーン・フーヴァー風『人魚姫』
「あの嵐の夜は、君はもっと髪が長かったよね?」
オ・マイ・ガー!! あなたは知っていたのね。私があの夜にあなたを助けた女だということを。知っていながら隣国の王女を選んだ。あなたは彼女と結婚することを選んだ。私はあなたの愛を得られなかった。婚礼の夜、あなたの幸せだけを祈って私は海の泡になる。でも、そんなことをお父様とお姉さまたちがお許しになるだろうか。きっとナイフで彼を刺し自分だけ生き残ることを選べと言うに違いないわ。でもそんなことできない。愛しているから。すべては私があの時に魔女と約束した時、決まっていた。私の愛は過ちだったの? いいえ、きっと違う。私は、愛のために最良の選択をする。私の愛と彼の幸せのために。(以下、省略)

 こーんな感じで、これまでの展開や設定に触れつつ、わかりやすく主人公の葛藤や状況を説明してくれます。本当にわかりやすくて、あまり頭を使わず読めます。
 よって、普段から本をたくさん読んでいる読者には「ひどいライティング」「素人のネット小説みたい」と叩く人もいますが、こういう本もとても大切だ、という意見もあります。つまり、こういう読みやすい本がさらなる読書への入り口となったり、または読書から遠ざかっていた人がまたたくさん読書する生活に戻るための準備体操みたいな存在になったりもするわけです。 
 やはり読みやすい大衆小説でないと、ここまでは大ブームにはなりません。誰でも読める、これは大ベストセラーの要因です。

7)シリアスな問題に触れつつエンタメ路線

 青少年の虐待や、家庭内暴力、成長過程において心身に追ったトラウマ、貧困や機能不全家庭など登場人物が結構ハードな人生経験をしている設定がよく使われています。なので、能天気でハッピーなロマンスではなくダークでシリアスな雰囲気だったりします。そこがウケているのかもしれません。若年層が「Cohoは辛い境遇を分かってくれる人」と感じたり、「CoHoの小説でそういう問題を真剣に考えた」という気持ちにさせるのがうまいというか。何かそこらへんのエンタメ小説とは違う、重厚で高尚なものに取り組んだ気分になるのかも。エロくてシリアスで、何か大人の世界に足を踏み入れた感じがあるのでしょう。
 しかし、実際はそれらの深刻な問題は作中でそれほど深く掘り下げられておらず、作品自体はエンタメに徹しています。なので、物足りない人には物足りなく、実際に今しゃれにならない状況にいる人たちの苦痛を、小説の展開をエキサイティングにするために利用しただけにも受け取れ、評価が分かれるところでもあります。
 おそらくコリーン・フーヴァーさんはもっと深くそれらの問題に関して書けるんでしょうが、ターゲット読者のレベルに合わせているのでしょう。これ以上深刻にしたら読者は読まない、という線をよくわかっていらっしゃる感じで見事です。
 『It Ends With Us(世界の終わり、愛のはじまり)』も、作者の家庭内暴力の被害者に寄せる暖かい気持ちが込められているけれど、前述した通り思いきりロマンス小説してます。『Varity(秘めた情事が終わるとき )』でも、「母性が芽生えない、子を愛せない母親」というこれまた普遍的な難しいテーマを扱いつつも、ハラハラドキドキそしてビックリな典型的な売れ筋の心理サスペンスに徹しています。『Gone Girl(ゴーン・ガール)』を研究したんだね、って感じです。
 あえて深く難しい問題を追及しないところが「売れる小説」なんだと思います。

8)ハロー効果とFOMO、同調圧力

 上記1~7のような理由を以てしても、現在の売れ方はちょっと異常というか過熱し過ぎな感じがします。ここまで売れたのはやはり、読者層にSNSのヘヴィー・ユーザーが多く、強いFOMO(Fear Of Missing Out、流行りに乗り遅れたり、ついて行けず取り残されることを恐れる気持ち)を抱きやすい年代であることも大きいと思います。小学生の「みんなが持ってるから買って」「○○を観ないと話題について行けない」と一緒で、みんな読んでるから読まなくちゃとなって手にとった人も多数だと思います。いったんそういう流れになったら流れに乗らないことが難しいくらい右にならえの傾向が強い年代です。SNSがFOMOに拍車をかけているわけです。
 そして、この年代特有のPeer Pressure(同調圧力)もあるのかなと思います。Redditのコリーン・フーヴァーにかんするスレッドで、「ドラッグ断れなくてやんなくちゃいけない時より、彼女の本を読めっていうPeer Pressureのほうが強い」っていう半分ジョークみたいな書き込みがありました。なんか状況が目に浮かぶようです。高校生くらいで友達に「私は読まないの、読みたくないの」、って言いづらいですよね。
 あとは「こんなにバズって売れている」ということでハロー効果が起きてしまい、作品群が冷静に読まれず過剰に評価されているのもあるように感じます。それを言ったら、ベストセラーリストで1位になるような作品や有名作家の作品にはどれでも多かれ少なかれハロー効果はあるわけですが。コリーン・フーヴァーくらいの売れ方をしてしまうとハロー効果も大きく、また彼女のターゲット読者層は若く読書経験や人生経験もまだ浅いため、ハロー効果に惑わされやすいというのも大きいかと思います。

すさまじい動画系SNSのパワー

 TikTokはすごい! SNSはすごい!

 盛り上がり過ぎなコリーン・フーヴァー祭りで感じたことはこれに尽きます。
 コリーン・フーヴァーさんご自身も確かにすごい才能・実力の持ち主なのですが、それよりもなによりも、SNSのパワーに圧倒されました。TikTokが無かったら存在しなかったかもしれない大ブームです。
 SNSは本当に、本当にすごいですね。SNSであっという間にバズることを「Viral(元は”ウィルス性の”という意味)」と言いますが、まさにいい得て妙で、ウィルスみたい。何か深く考える間も無くすごい勢いで人気が感染拡大していく。特にTikTokはすごいです。ユーザー総中毒状態とも言っていいんじゃないか。ほどよい距離で使うのが難しいほどうまく作られていると感じます。そのSNSパワーがついに本の世界にも到来してしまった、そんな感じがします。
 いろいろと弊害が指摘されるSNSが若年層の読書を推進している、それはもしかしてはSNSの数少ないポジティブな効果なんじゃないかとも思いました。
 苦戦している書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルの店員さんも、「一日に何回も来店した若者にコリーン・フーヴァーの本の場所を聞かれる」「大人や男性の割合も増えて来た」「BookTokでバズった本をまとめたテーブルが当店の一番人気」とTikTok頼りの現状をいさぎよく認めるコメントをしていました。書店に客の脚を戻してもらってありがたい、と。(なぜBookTokで本を知っておきながらネットで買わず、わざわざ書店に行くのかはまた謎ですが)
 『The Song of Achilles(アキレウスの歌)』『Circe(キルケ)』のマデリン・ミラーや、『The Seven Husbands of Evelyn Hugo』『Daisy Jones and The Six(デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃)』のテイラー・ジェンキンス・リードなど、BookTokのおかげで長いブームになっている作家はほかにもいますが、コリーン・フーヴァーはBookTokが生んだ最大のベストセラー作家だと思います。

 ということで、皆さん、これからはBookTokの時代ですよ、批評家の批評など無視でBookTokのインフルエンサーと口コミの力を信じて本を選びましょう・・・・・・と言いたいところですが、今回コリーン・フーヴァー祭りを捜査してみて私自身はちょこーっとひっかかるものも感じました。
 なんというかBookTokの動画が偏っているんですよ。若くてかわいい白人女子ばかりです・・・。おっさんなんか生息を許されない地帯です。コリーン・フーヴァーの本に関しては特にそれを感じました。
「CoHoを読んでるかわいい私を見て」
「このエモーショナルな反応を見て。私こんなに泣いてるの」
「本を読んでこんな気持ちは初めて。そしてそんな自分が好き」
「ついでに素敵なお部屋も見て」
みたいな感じなんですよおおおお! 
君たちは本を薦めたいのか?それとも自分の魅力を薦めたいのか? 両方なのか? そういうことなのか?
 ほんとみんなかわいくて観ていて目は幸せなんですけど、「CoHoを読むのがファッションの一部」みたいな、「読んでないと乗り遅れてる」みたいな。えんえん泣いてる子にはカルトめいた何かすら感じました・・・。
 BookTokで大きくバズってる本って、今のところは、こうした「祭り」に参加資格がありそうな層(30歳以下、白人女子、容姿端麗)にうける本、特にロマンス・テイストのあるフィクションに偏っているのではないかと思います。そしてなぜか痛々しく涙を誘う展開の本が多いですね。TikTok世代がそういう気分なのか? 間違っても『ライフスパン: 老いなき世界』みたいな本がバズることはありません。TokTok女子の年代にうけて、読んでいる姿が素敵に見える本が多いです。コリーン・フーヴァーの本って、TikTok女子が持ってポーズとるとキマるキマる。それも計算して作られた表紙なんじゃないのかって思っちゃいますね。日本版もあんな感じの表紙にして、かわいい女子読者が両手でその本を顔の横に持って涙してる動画を作れば、もっと売れるのに。

左が英語版、右が日本語翻訳版。外国人モデルさんいないほうが動画映えするかも

まとめ

 コリーン・フーヴァーは、TikTokが生んだスター作家、BookTokの女王。
 内容は読みやすい娯楽小説に徹していますが、万人向けのベストセラー作家というわけではありません。今のところ、ほぼ全部の作品がある年齢層の女性を想定読者として書かれています。年齢層やそれまでの読書体験によって好き嫌いが分かれる作家さんです。
 米国でのブームが多少過熱し過ぎていて、日本の読者には「どこがそんなにいいんだろう」という反応になる可能性も大きいです。35歳以下(もしくはそれより上の年齢の方でも心が柔軟で若い方)、夢見る乙女度が高く、特に普段からロマンスを好んで読む人は一読してみてもよいかも。また、しばらく本を読んでいなかった、という方のリハビリにもなるでしょう。
 英語は平易で読みやすく、何より何も頭を使わずとも先に先に読ませてくれるエンタメ小説なので、内容はさておき英語自体は母国語が英語ではない人が英語で読書するのには向いているかもしれません。英語のエロ表現の勉強にもなります。
 いろんなジャンルが書ける器用な作家さんで、人生経験も豊富な方とお見受けしたので、今後フーヴァーさんご自身が歳を重ねられてゆく中、もっと上の世代や男性にもアピールするような作品も増えて行くのではないかと予想しています。

 そして、BookTokで大バズりをした本を読むときは、2022年のアメリカのTikTokのユーザー層が「60%が女性、60%が16歳~24歳、26%が25歳~44歳」ということを念頭に置きましょう。約7割はおそらく30代以下ですね。BookTokでギャーギャー言われている本は、もしかしたら自分はターゲットから外れているかもしれないなと思いつつ期待半分でいくことをおすすめします。BookTok発ベストセラー=みんなにとって面白い本、ではありません。

 しかしそれも、今後TikTokがユーザー層を若年層から中高年に広げて行ったら変わってくるかもしれませんね。そして親の世代が使い始めたら若者は逃げるらしいので、また若者向けに新たな動画SNSのプラットフォームが出てきて・・・という「いたちごっこ」が永遠に続くという・・・。
 将来どんなプラットフォーム、どんなハッシュタグが出てきても、そこが読書への入り口になって本を愛する人が増える流れ、これだけは今後も続いてほしいなと切に願います。

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