「NEW YORK TIMES BESTSELLER」の謎 アメリカの本屋の本のほとんど全部に書いてない?


  アメリカの本の表紙にこれでもか!これでもか!と飽きずにプリントされている宣伝文句、「New York Times Bestseller」。あまりによく見かけるので、私は「またか!他に言うことないんかい」と苦笑してしまいます。

 アメリカの本には日本の本で言う所の「帯」が無いので、「〇〇さん絶賛!」「○○万部突破!」「全米が泣いた!」みたいな宣伝は、すべて本の裏表紙に本の要約とともに載せられるのが大半です。そのため、表紙には短くビシッと誰にでもわかる宣伝が一言二言入れられるだけ。それが洋書の表紙のスタイルの定番で、装丁の美しさを保っているとも言えると思います。

 その「ビシッと短く誰にでもわかる」宣伝がどうやら「New York Times Bestseller」のようなのです。しかし、かえってインパクト小さいんじゃないかと心配になるほどどの本にも書いてあるように見える。かえって、その文言が書いていない本の表紙のほうに目が行きます。「New York Times Bestseller」の文字が表紙に無い、ということはこの作家はこの本がデビュー作かこの本でブレイクしたということか・・・などと推測し、どんな本か気になってくるという感じです。

 和書に置き換えてみると、

〇〇新聞ベストセラーランキングにランクイン 何野 誰兵衛

〇〇新聞ベストセラーランキング登場作家 何処野 誰香

などと本屋の平積み本のほとんど全部に書いてあったら、その文言はスルーしませんか? その文言を全く書かない、もしくは東スポ形式で、

〇〇新聞ベストセラーランキングにランクインするかも 何野 誰兵衛

〇〇新聞ベストセラーランキング登場作家になりたい! 何処野 誰香

とかにしたほうが、表紙は二度見してもらえるのではないかと。

 これが「#1 New York Times Bestseller」のように、「♯1」もしくは「No.1」がくっついていると、かなり希少なので「一位か!おお、この本は売れたのね」「この作家はすごく売れたことがあるのね」と一気にアピール力が増すのですが。「♯1」以外は、たくさんあり過ぎて読者にはあまりどうでもいいんじゃないかと思います。

No.1と書かれていたら一応スルーはしない

 あと、本当に全米の誰もが知っているレベルの作家(スティーヴン・キングとかジョン・グリシャムとかジェームズ・パターソンとか)になってくると、もう「No.1 Best Seller」とすら書かれなくなってくる。それを入れること自体、失礼というか。著者名とタイトルがバーン!バーン!と載っているだけ。一番名誉な表紙と言えます。

 と、思ったら、キングもグリシャムも最新作に「No.1 New York Times Bestseller」を入れている! ノーラ・ロバーツも!! 君らは大御所、アメリカ出版界の至宝じゃないか!! いつまでニューヨーク・タイムズに頼ってるんだよ? そして、ジェームズ・パターソンだけは入れていないというのがこれまたなんだか意外・・・。

右端のジェームズ・パターソンが例の宣伝文句なしで一番自信満々?

 そもそもニューヨーク・タイムズって本屋じゃないし、全米の数ある新聞の一紙なのに、なんでそれが本の表紙に一紙独占状態で載りまくっているのか。シカゴ・トリビューン紙ベストセラー!とかロサンジェルス・タイムズ紙ベストセラー!じゃだめなの?とか疑問は尽きず。

 なんでニューヨーク・タイムズ紙だけは本に関して特別扱いなわけ? なんで出版界は、ニューヨーク・タイムズ連呼なわけ?

 そこで、スカリー捜査官が全力捜査しました。以下、捜査結果です。

そもそも「New York Times Bestseller」ってなに

 ニューヨーク・タイムズ紙発表の米国内の週刊ベストセラーランキング。オンラインでも観られます。

The New York Times Best Sellers

 以下のようにフィクション、ノンフィクション、子供向けの本にジャンル分けされ、さらにその中でも本の形態(ハードカバーとかペーパーバックとか電子書籍とか)によって分けられています。

ニューヨーク・タイムズ紙より

NYタイムズ紙のベストセラーランキングはなぜすごい?

 ずばり、歴史があるからです。

 今ではこういうランキングは当たり前だけど、本が貴重でかつ集計が大変だった時代だった1931年に既にこういうランクを出していたのがすごい。その当時は、ニューヨークとその周辺地域で売れたフィクション、ノンフィクションを4,5冊ずつ順位付けして掲載することからスタート。

 1930年代・・・日本だと、満州事変!大陸に進出するどー!の頃であり、ドイツではヒットラーさんが人気上昇中!の頃であり、アメリカでは世界恐慌の頃でヘミングウェイさんとかフィッツジェラルドさんがせっせと小説書いてた頃です。

 そしてその後、「ニューヨークだけでなく全米で読まれている本を新聞の読者に知らせる」ことを目的に、全米の複数都市での売り上げも集計するように。最も著名なベストセラーランキングの地位を確立し、事実上、出版業界のスタンダードになったというわけです。

 最初に始めて、続いていて、歴史がある。

 これほんと大事ですよね。オリンピックみたいなもんです。オリンピックが正確に最強アスリートを決める祭典じゃないとしても、誰もがオリンピックを知っているし格はある。NYタイムズのベストセラーランキングもそんな感じ。

「New York Times Bestseller」を名乗る条件

 ニューヨーク・タイムズのベストセラーランキングに一週でも載ったら、もう一生「ニューヨーク・タイムズ紙ベストセラー作家」です。

 前述した通り、結構細かくジャンル分けされ、フィクションとノンフィクションはそれぞれ15位まで、それ以外のジャンルは10位までが掲載されるので、たとえ最下位に1週載るだけでも一生その肩書きは名乗れます。

 出版業界のインサイダーによると、はっきり言って、

「ニューヨーク・タイムズ紙ベストセラー」の肩書き=金

だそうです。その肩書きがあると無いとでその後の収入が激変。講演会やら執筆依頼やら次作の出版契約やら、すべてに影響する絶大な「格」のある肩書きで物書きや出版社が喉から手が出るほど欲しいものだそう。つまりその後のキャリアのためにもどうしてもその肩書きが欲しい、そしてそれを手にしたら本の表紙で誇示しなくちゃ、となるわけです。

 そこら辺も、アスリートがオリンピック選手になるのとならないのとで生涯収入が全然違うのに似てますよね。かつて二軍でも「元・読売巨人軍の選手」のほうがパリーグのどっかの球団で一軍で活躍した人より引退後収入面で有利だったのとも似ています。結局、世間の金は格や知名度で動くのでしょう。

どうやってそのベストセラーランキング集計してるの?

 それほどまでに重要なランキング、その集計方法はニューヨーク・タイムズ紙の企業秘密で内部の少数の人しか知りません。これはびっくり、なんどブラックボックスだったとは。Googleの検索アルゴリズム状態だそうで、最適なランキングを出すために自社独自の方法があり、適時それにも手を加えているとのこと。

 莫大な金が動くランキングですから、もちろんこれまたGoogleと一緒で、研究している人もたくさんいて、ネット上にも「これがNYタイムズのベストセラー集計方法だ!」という記事がたくさんあります。

どうやったらランキングに入れる?

 前述した通り集計方法が企業秘密なので、「これだ」という方法を決めつけることはできませんが、過去に「ある程度の金と労力があれば内容のいかんも著者の知名度も問わずランクイン可能」ということを証明してしまった作品があります。

 他ジャンルに比べると比較的総出版数が少ないと思われるジャンルであるYA(ヤングアダルト)を選んで新著を出版、全米各都市の複数の本屋で「著者による自著の大量購入」と見なされない程度の冊数を書籍発売週に狙い撃ちして買う作業を請け負う業者(そんなのまで存在する)を雇い、テレビに出してくれる有名広報業者と契約し・・・見事その作品はニューヨーク・タイムズ紙ベストセラーでNo1デビューしました。

 次の週にはランクから消えるとしても、著者はお金で「格」は買えたわけです。お金がある人限定ですが、ランキングが純粋に「全米で真に売れている本」を示しているわけではないことが分かってしまった一例といえます。そう、Googleの検索順位で上位に来た記事だって、最適化テクニックで上に来ただけで全然中身が無いページも多いのと同じです・・・。アイドルグループの総選挙の結果が「???」なことが多いのとも似ています・・・。

本当に知名度に見合う価値あるの?

 これはいろんな人が議論しているところです。

 ランキングの実態や真の価値より知名度が独り歩きしている感もあります。

 例えば、過去に記事にもした『Orphan Train』のような作品を考えてみます。この本は、有名著者が事前予約などで発売初週に一気に売ったような売り方ではないし、オプラやリース・ウェザースプーンのブッククラブで選ばれたりしたわけでもなく、長い時間をかけて口コミや小さなブッククラブで評判になり売れて行った作品です。でも、累計売上げは、ニューヨーク・タイムズ紙にたった1週15位でランクインして消えた作品より結果的には多くなりますよね?

 ニューヨークタイムズ紙のベストセラーは、そういうじわじわ売れた本を知るには良くないランキングで、あくまで「瞬間沸騰している/瞬間沸騰していた」本がわかるというだけ。ニューヨーク・タイムス紙ベストセラーだから良い本/良い作家とももちろん限らないし、「ただ一時期、ある冊数を売った」、その事実がわかるだけです。

 あとやはりGoogleの検索アルゴリズムへの疑問とそっくりで、作家や出版社にとって死活問題でありキャリアの成否の鍵を握るランキングが、密室で不透明にその会社の一存でどうにでもできてしまっていいのかと思っている人は多いと思います。

 リベラルな新聞なので、ゴリゴリの保守派が出した本や保守的な主張がなされている本がランクインしづらく、ニューヨーク・タイムズ紙の関係者の本は長い事ランクインしている、などの指摘や批判もあります。

まとめると・・・

 歴史もあり、真剣に「全米のベストセラー」を出そうと頑張っているランキングではありますが、一社が影響力を持ち過ぎた結果、内部からも外部からも恣意的に操作されうるものにもなってしまっています。

 全米で瞬間的に売れている本が知りたければ、やはりニューヨークタイムズ紙のランクが一番格があるランキングではありますが、ウォールストリートジャーナル紙(購読しないと観られない!ケチ!!)、パブリッシャー・ウィークリー、米国のアマゾンなどのランキングと合わせて参考にすることをおすすめします。

 じわじわ話題になっている本に関しては、Goodreadなどの読書SNSなどが多少参考になります。私ももっとそういう「じわじわ本」のおすすめができるくらいになれるよう、ブッククラブに参加したり読書量増やしたり頑張って読みまくります!

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