『Talking to Strangers(トーキング・トゥ・ストレンジャーズ )』マルコム・グラッドウェルの魅力が炸裂している一冊

 

「ノンフィクション界のロックスター」、グラッドウェル

 『Outliers(天才!)』、『blink(第一感)』、『David and Goliath(逆転!)』などなど、著書のほとんどが日本でも翻訳出版されている大人気ノンフィクション作家、マルコム・グラッドウェル(Malcolm Gladwell)。
 
 英国のタイムズ紙の称するところ、マルコム・グラッドウェルは、

「ノンフィクション界のロックスター!!!」

だそうですが、うまいこと言うなと思います。本当にそんな感じ。

 英語圏での彼の人気・知名度はすごくて、出す本出す本もう頭に来るくらい売れ、「マルコム・グラッドウェル」と名前がついていればもうヒットは確実という感じの大スター作家になっている。ノンフィクションでこのポジションはすごい。日本で言うと誰だろう?と必死で考えたけれど、誰も思い浮かばない。そういうオリジナルな存在に成り上がったところが、グラッドウェルのすごいところかな。

 以下、今回読んだ2019年刊行の『Talking To Strangers』の日米両方の表紙ですが、表紙からもアメリカでのグラッドウェルの人気がわかる。
 日本版では、著者や本の内容を一生懸命紹介しているけれど、アメリカ版はやや意味不明なタイトルと著者名くらい。(お約束の、”ナンバー1 ニューヨークタイムズ紙ベストセラー!”が入ってますが)
 内容がさっぱりわからない表紙でも、グラッドウェルの名前で売れる自信があるんでしょうね。

 グラッドウェル自身は、科学者とか何か専門分野がある学者ではなく、一介の新聞記者から成りあがった作家。基本的に彼は「ライター」(ハイエンドのライターだけど)で、著書は学術書でも研究書でもなんでもなく「読み物」です。それゆえ、グラッドウェル自身を説明する言葉が難しく、「人気コラム二スト」とかよくわからない言葉で形容されてしまうし、アンチには著書の内容が「浅い(shallow)」とか言われてしまうんだと思います。
 でも私には、グラッドウェルは紛れもなく「作家」だなと感じる。
 読んでみるまで、私にも彼の何がすごいのかがよくわからなかったんだけど、要はこの人のすごさは、

「物語性の高い文章」
「話の展開のうまさ」
「物事の説明が独特」
「目のつけどころが鋭い」
「知識と取材力」

これらではないでしょうか。特に1と2と3に、クリエイティブな作家のセンスを感じる。ただただ物知りの人が知識を並べただけの著書とは一味違うグラッドウェル・ワールドがある。
 「人間」という摩訶不思議な生き物、そしてその人間が形成するもっと複雑怪奇な「社会」、そこで起こる事象を分かりやすくおもしろく分析説明させたら、グラッドウェルに勝るものなし、みたいな存在。

 グラッドウェルが高校の授業とかやってくれてたら、私もあんなに居眠りしなかったのに。

内容の説明が難しい本

 さてこの本ですが、内容の説明が大変難しい本です。
 テーマは「よく知らない人を理解する」、これなんですが・・・。
 よく知らない人、つまり他人同士の遭遇例として、いきなり、路上における警官の黒人への職質、というホットな話題で幕を開け、話は時空をまたいで縦横無尽に展開し、最後にきちんと最初の話題に帰結するという・・・。

 この本、ブラック・ライブズ・マター運動とかジョージ・フロイド殺害事件とか、それらが騒がれるよりももっと前に出た本なんですよ。グラッドウェル、先取り感がすごい。

 冒頭で、ある男性警官と二十代の黒人女性のTraffic Stop(走行中の車の後ろにパトカーがくっついて来て路肩に寄せさせて職務質問するやつ。やられると一日が台無しになる。精神的ダメージがすごい。がっかりして落ち込む)の一件が、なぜか悲惨にこじれて悲劇的な結末を迎えるエピソードが紹介される。
 これ、文字で読むよりオーディオ版で是非聴いて欲しい。より現実が感じられるというかすごい迫力。ウィンカー出してませんでしたよね~?から始まったのがなぜか・・・

「タバコを消せって言ってるだろ!!」
「なんでよ、ここは私の車の中でしょう?」
「消せ! 降りろ!!」
「なんで降りなくちゃいけないのよ!?一体なんなの!?」
「職権を以って命ずる!!いますぐ降りろ!」
「なんの職権よ、弁護士呼ぶわよ!!」
「降りろ!言う事を聞かないなら、力ずくで降ろしてやる!!」
「ひどい! (ピー!ピー! ←放送禁止用語)」
「おりろーーーーー!!! (ピー! ガタッ!ゴンッ!) スプレーだぞー!!」
「わかった、わかったわよ、なんなのよ、落ち着いてよ」

みたいな生々しい口論が実際のボディカムに録音されたまま流されています。怖い・・・。

 なーんだまた人種差別のはなし~?と思ってはいけない。

 今年になってもしょっちゅうニュースになる警官の黒人へのひどい職務質問の実態・・・それをグラッドウェルは「人種差別」「悪い警官と良い市民」みたいな切り口では切らない。

 これは全く違う問題が背後にあるんだ、これからそれをひとつひとつ説明して行くからね、というスタートで始まり、それ以後話は上記の事件と全く関係が無いじゃないかと思える事象を扱いながらも、「他人同士の遭遇」の背後にある様々な事例を懇切丁寧に説明して行く。

散漫な内容、平凡な結論、しかし面白い

 この、「どこへ連れて行かれるのかわからない」というグラッドウェルの話の展開の仕方は、彼の魅力ではありますが、今回はちょっと無理があるようにも思った。グラッドウェルが興味を惹かれ、かつまた大衆が喜びそうなハイ・プロファイルな事件を取り上げて、ひとつのテーマに無理やりまとめた感じ。

スタンフォード大の性的暴行事件(ブロック・ターナー事件)、
ペンシルバニア大フットボールコーチの児童性的虐待スキャンダル、
バーニー・マドフの史上最大のネズミ講事件、
911テロリストの水攻め拷問取り調べ問題、
ペルージャ英国人留学生殺害事件(アマンダ・ノックス冤罪問題)、
CIAの「キューバの女王」アナ・モンテス二重スパイ事件・・・・・・

 どれもね、すっごく面白いんですよ。どの事件も人の好奇心や感情に訴える刺激的なものだから。
 事件によっては、そこまで言っていいのかというグラッドウェルの見解も書かれている。
 たとえば、ペンシルバニア大フットボールコーチのスキャンダル。アメリカでは殺人犯でも児童性的虐待者よりましな扱い受けるんじゃないのというくらい、「児童性的虐待者は人間にあらず、許すまじ」の空気がすごいんですが、そんなセンシティブな問題に、グラッドウェルは聞きようによっては有罪判決を受けた関係者を擁護するような論調を展開している。

「あんな二転三転する証言で罪状決めちゃっていいの?
当人はともかく、関係者まで厳し過ぎない?
自分が彼らだったら違うアクションとれたっていう自信ある?
この件に関しては、疑わしきは罰せずの逆に行っちゃうんだね?」

みたいな、社会の空気と合わないかなり勇気のいる論調。

 スタンフォード大のブロック・ターナーに対してもそう。このMeToo運動の中にあって、ともすれば女性の敵になりそうな感じのことも書いています。

「性的暴行って言うか、これって双方の”合意”のとらえ方の違いの問題じゃないの?
”合意”の定義なんてあいまいで、定義自体人によって違うし。
というか、この人たち、ものすごい量のアルコール体内に入れていて、合意うんぬん以前に人間として正常に思考できない状態だったわけだし。」

みたいな・・・・・・。結構びっくりしました。この2件に関して、上記意見を展開するのは勇気が要ると思います。批判も多いと思います。

 しかし、悲しいことに上記のセンセーショナルな事例の部分を全部削っても、グラッドウェルの本書での主張は成り立つというか、要らないと言えば要らない。もしかして問題提起したくて無理やり入れた?

心理学実験のところが面白い


 私は、実際の犯罪事件を事例に使って主張を説明しているところより、心理学実験のところが面白かった。

 ティム・レヴァイン(Tim Levine)というコミュニケーション学の研究者が行った、この本に繰り返し引用される実験なのですが、以下のような感じ。

 まず、一般人の被験者と実験開催者側のサクラが二人一組のチームを組まされます。もちろん、被験者はチームメイトがサクラであることは知りません。そして、事件担当者からトリヴィア・クイズを出題されます。その際、被験者とサクラのチームは、「正解数の分だけ賞金がもらえる」と告げられます。

 しかし、トリビア・クイズに二人で回答している最中に、実験担当者に電話がかかってきて、彼女は席を外さなくてはならないことに。実験担当者は「○○分で戻る」と言いおいて、どこかに行ってしまいます。実は、これは実験開催者側の台本通りの展開で、すべての被験者で行われていることですが、もちろん被験者はそんなことは知りません。

 そして、サクラ役が被験者に実験担当者がクイズの答えと回答を机上に置いていったことを指摘、答えを見てしまおうとそそのかします。


 この後、仕込みのチームメイトにそそのかされて答えを見るかどうかは被験者により、本当に人それぞ。しかし、カンニングがあったかどうかはサクラのチームメイト役を通して実験開催者側には筒抜け。そして、この実験の肝はこの後の個人面談です。
 この実験後の面談は、すべて録画されます。実験担当者に「私がいない間、答えを見ていませんよね?」と問われた被験者はほぼ全員が「見ていません、やってません」と答えるわけですが・・・。

 この録画は、一般人からCIAの取調官と言った「他人の心を探るプロ」に至るまで様々な人に、「他人がウソをついているかどうかはどれだけ見抜けるか」という調査に使われるわけです。

 その結果は本編を読んでのお楽しみですが、私は、よくもまあこんな調査方法を考えつくなあ、と学者の創意工夫のほうに感心しました。

 グラッドウェルは、

「実験結果もさることながら、こんなわざとらしいセッティングをほとんどの被験者が真に受けているというところに、人間はよく知らない人の本心を見抜けない、という結論が既に出ている。だって心理学実験だよ? 答えを置いて出て行くなんて変だなとか思わない?よくよく考えるとおかしいよね。」

とも言っています。この実験は、「よく知らない人の頭の中を理解する難しさ」とその原因の一つである「他人への信用バイアス」というこの本の重要なポイントを二つとも表しているわけです。
 有名な心理学実験「人間の権威への服従の心理」を測定したミルグラム実験(アイヒマン・テスト)も、実験結果より、仕込み側もかなりアマチュアな設定と認める無理がある実験なのに被験者がかなり真剣だったということに着目し、こちらも「他人への信用バイアス」をよく表している実験だと書いています。


結論は平凡

 まあ、こうしてたくさん思考を刺激される話をあっちこっちに大展開し、導き出した結論がもうねえ・・・。
 
 ずばり、

「よく知らない人の頭の中などわかるわけが無い。」

 うん・・・もうそれ・・・知ってるから。

 だから、どうすればいいっていうところは教えてくれないの? ただ、わからないのだということを前提に謙虚さを怠らずにコミュニケーションをとれ、それだけーーーーー? 

 長々とやっといて、「いやー、やっぱ難しいんだわ、無理無理」に帰結。

 ちょっと笑ってしまいました。でも、その「長々」が面白いから許せるんだけど。

警察システムの機能不全の指摘と説明が本書の真骨頂

 私はこの本のすごいところは、やはり、アメリカの相次ぐ警官の職質問題を分析した部分だと思う。なんでここまでこじれたのか? 皆は何に怒っているのか? 実は人種差別の問題ではなくて、警察が実験や調査を重ねて良かれと思って実践してきた治安維持や取り締まりが、それが形作られていく中で重要な部分が抜けてしまっているから・・・という、その懇切丁寧な説明のところが一番「目から鱗」。

 いろいろあちこちに話が行くんだけど、終盤、冒頭で読者にぶつけた「ある警官と黒人女性の路上での職質」のドラマを紐解くことに戻っている。シルヴィア・プラスの自殺からそのドラマに話が繋がっていく予想のつかない流れにしびれた。さすが、ノンフィクションのロックスター、グラッドウェル。負けた・・・負けたよ。

 全般的に、

「誰も悪くはないんだよ、誰も責めることはない。
人間って難しいんだ。
色々重なって不幸な結末になってしまうこともあるんだよ。」

というグラッドウェルのやさしさも感じられる本でもありました。

 私はこの本で、グラッドウェルは全部読んでおこう、と決意しました。
 なんか面白いノンフィクション無い?という方は、マルコム・グラッドウェル、おすすめです。聴ける方は是非オーディオ版もチェック。なまなましいやり取りや、取材した相手の肉声がそのまま流れて本の面白さを増幅してくれます。

 あと、グラッドウェルのポッドキャストもかなり本の雰囲気に近くて面白いです。まだ私には英語が難しいですが。

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