『Stupid Things I Won't Do When I Get Old』残念な老い方とは? どう老いるかを真剣に考える一冊


 この本を読んだきっかけは、御年80歳を越えたタイムズの健康セクションの長年のコラムニスト、ジェーン・E・ブロディ(Jane E. Brody)さんによる「How to Age Gracefully(いかにしていい歳のとりかたをするか)」というニューヨーク・タイムズ紙に掲載された記事。

 80歳を越えても文章でお金もらえるなんていいなと思って読んだんだけど、ブロディさんのこのコラム、「スティーブン・ペトロウさんの本にインスパイアされたので、私も真似してこの記事で同じことをやってみます」と冒頭で書いてあり、まるごとペトロウが今回紹介する本の中でやっていることの「ブロディさんバージョン」になっているのです。白髪染めやら自動車の運転やら「何を、いつ、やめるか/諦めるか」をはじめ、今後の人生で何に気をつけて何を大切にしながら老いていくか、などなど。つまり、具体的な「老い方」「人生の終え方」を箇条書きにしたようなコラムなのです。

 そして、上記コラムへの反響の数がスゴイ。2000件を超えるコメントが次々に寄せられていて、アメリカも高齢化社会で多くの人が老い方に高い関心を寄せていることが興味深い。

 上記コラムの元ネタとなったこの本、原題を直訳すると「老後にやらない愚かなこと」で、「老人になってもこんな愚かなことはしないぞ!集」みたいな感じなんだけど、老後や老い方に関する本を読んだことがなかった私には非常に読み応えのある本でした。


親を見て思う「こんな老人はイヤだ」を本に

 著者のスティーブン・ペトロウ(Steven Petrow)は、1957年生まれのアメリカ人のジャーナリスト。ゲイであることを公言しておられ、これまでもメジャーなメディアに健康や長寿、LGBT、デジタル・マナーなどについて執筆して来られた方です。著作も多数あるものの、日本では翻訳出版されていません。
 この本『Stupid Things I Won't Do When I Get Old』は、2021年6月刊行。書かれたのはその少し前、著者が60歳になったかならないかくらいの時と思われます。

 著者が50歳、ご両親はそろって75歳くらいの時、ご両親が親戚縁者、友人を招いて素晴らしいパーティーで著者の50歳を祝ってくれて、その後でこう言ったそうです。
「こういう大きなパーティーを開くのはもうこれで終わり。疲れ切ったよ。」
その言葉を裏付けるかのように、その後、著者のご両親は著者のいう所の「斜陽の時期(Sunset time )」に入り、どんどん老いてそして避けられない別れの時を迎えます。50代という親と過ごした最後の10年の葛藤を振り返って、疑問に思った親の老い方、理想の終わり方を書き綴った約40本の短いエッセイが一冊にまとめられている、そんな本です。

目次でだいたいわかる

 以下、本書の目次です。青字は筆者の意訳。目次で内容がすべてわかるような気がするけれど、読んでみると予想と違う意味だったりする章もある。

PART I Stupid Things I Won’t Do Today
第一部 今日からやめたい愚かなこと
 

I Won’t Color My Hair (Even If It Worked for Diane Sawyer) 
髪は染めない(ダイアン・ソイヤ―はうまく行ってるけど)  
I Won’t Double-Space After Periods 
ピリオドのあとスペースを二個入れない  
I Won’t Be Afraid to Fall (Yes, You Read That Right) 
転倒を恐れない(間違いじゃないよ、言葉の通りだよ)  
I Won’t Stop Rocking Those “Too Young for You” Outfits 
「若過ぎじゃない?」という服装でキメるのをやめない  
I Won’t Limit Myself to Friends My Own Age 
同じくらいの歳の友達とばかりつるまない  
I Won’t Lie About My Age (Even on Dating Apps) 
年齢を偽らない(出会い系アプリでも)  
I Won’t Join the “Organ Recital” 
「オルガン・リサイタル」には参加しないぞ 
I Won’t Deny That I’m Slow to Rise (and I’m Okay with That) 
”立ち上がり”に時間がかかることを否定しない(それでオーケー)  
I Won’t Avoid Looking at Myself Naked in the Mirror 
鏡で裸の自分を見ることを避けない  
I Won’t Become a Miserable Malcontent, a Cranky Curmudgeon, or a Surly Sourpuss 
みじめで不平たらたら、イライラして怒りっぽい老人、むっつりした不満屋にならない
I Won’t Pass Up a Chance to Pee (Even When I Don’t Have To) 
排尿するチャンスを逃さない(したくなくても行く)  
I Won’t Lie to My Doctor Anymore (Because These Lies Can Kill) 
医者に嘘を言わない(命に関わるからね)  
I Won’t Refuse to Change My Ways 
自分のやり方にこだわらない  
I Won’t Tell My Life Story When Someone Asks, “How Are You?” 
「元気?」と聞かれた時、身の上話をしない  
I Won’t Get My Knickers in a Twist at “Okay, Boomer” 
「オーケー、ブーマー」にイラっとしない  
I Won’t Be Honest to a Fault When Lying Is Kinder 
やさしい嘘のほうがいい時は間違いを正さない  
I Won’t Worry About What I Can’t Control 
コントロールできないことにくよくよしない  
I Won’t Stop Believing in Magic 
魔法を信じることをやめない

PART II Stupid Things I Won’t Do Tomorrow 
第二部 近い将来にやらないようにしたい愚かなこと  
I Won’t Blame the Dog for My Leaky Pipes 
自分の”パイプ漏れ”を犬のせいにしない 
I Won’t Keep Driving When I Become a Threat to Others
他人に危険を及ぼすようになったら運転しない 
I Won’t Stop Enjoying Myself (and Yes, I’ll Have the Occasional Candy Bar)
楽しむことをやめない(たまにはキャンディ・パーを食べるよ) 
I Won’t Hoard the Butter Pats 
どうでもいい物を溜め込まない  
I Won’t Wait Until I’m Deaf to Get a Hearing Aid (or, “What? What Did You Say?”) 
完全に聞こえなくなるまで(もしくは「何?なんて言った?」ばかり言うようになるまで)補聴器を拒まない
I Won’t Fall Prey to Scams, Schemes, or Sleazeballs 
詐欺、悪徳商法のえじきにならない  
I Won’t Burden My Family with Taking Care of Me 
家族に自分の面倒を見させる重荷を背負わせない  
I Won’t Let a Walker Ruin My Style (but I’ll Still Use It) 
歩行器で自分をかっこ悪く見せない(使うことは使うけど)  
I Won’t Smell Like a Decrepit Old Man 
老人臭のにおいを放たない  
I Won’t Whine About How Much Things Cost 
物が高くなったとグチグチ言わない  
I Won’t Play the Age Card 
年齢を切り札に使わない  
I Won’t Forget My Manners 
マナーを忘れない  
I Won’t Be Ordering the Early Bird Special 
早朝割引、夕方割引で食事を注文しない 
I Won’t Turn My House into a Sweat Lodge 
自宅をサウナみたいに暑くしない  
I Won’t Repeat Stories More Than One Hundred Times
100回以上同じ話をするようなことをしない  
I Won’t Be Unkind to Those with Dementia 
認知症の人たちに冷淡な態度をとらない  
I Won’t Let Anyone Treat Me with Disrespect 
誰にも無礼な態度をとらせない  
I Won’t Lose My Balance 
バランス感覚を失わない

PART III Stupid Things I Won’t Do at “The End” 
第三部「終わり」にあたって私がしない愚かな事  
I Won’t Depart This Life Without Someone Holding My Hand 
誰かに手を握ってもらうことなしに旅立たない  
I Won’t Let Anything Stop Me from Saying I Love You . . . and Goodbye 
「ありがとう、さよなら」を言うことを誰にも止めさせない  
I Won’t Postpone for Tomorrow What Matters to Me Today 
今日大切だと思うことを明日に持ち越さない 
I Won’t Let Anyone Else Write My Obituary 
自分の死亡記事をほかの誰にも書かせない  
I Won’t Forget to Plan My Own Funeral 
自分の葬儀を計画することを忘れない 
I Won’t Die Without Writing Letters to My Loved Ones 
愛する人たちに手紙を書くことなしに死なない
I Won’t Be Disappointed by My Life 
自分の人生にがっかりしない

 

 以上が目次。

 わざと意味不明に書かれている項目もある。例えば、「オルガン・リサイタルには参加しない」という目次。「これってオルガン奏者に失礼じゃない」と思ったけれど、内容はオルガンとはまったく関係無い。お年寄りが何人か集まると決まりのように始まる「あそこが痛い」「ここが痛い」という会話をオルガン演奏に例えているだけ。あと、「立ち上がり、起き上がり(slow-rise)が遅くても気にしない」は、男性の性機能の衰えの話だし、ほかにも読んでみてああそういうことね、という章が多いです。

 はっきり言って、一冊の本の中で、面白い章とネタ切れしたのかなというような章があってそれらの落差が大きい。 母親の運転免許はく奪の章などは、実話の迫力がすさまじく、のめり込むようにした読んだけれど、無理やりひねり出したようなトピックも正直あるといえばあります。


「ゆでガエルの寓話」と「夢遊病者人生」

 こういう「私は親を看取った、大変だった、私は親のようにはならない!」という言い分って、本じゃなくても実際に周囲の人生の先輩たちからもよく聞きます。「私はああならない」とか、「あんなふうになるくらいなら安楽死する」とか、「あんなわけわかんなくなる前に施設に入れてもらうわ」とか、「私は今から胃ろうはしないでって子供に言ってあるの」とか。正直、あまり聞いていて楽しい話ではありません。大変なのはわかるけれど、老いてぼろぼろの親を悪く言っていることに変わりはないから。そういうことがつらつら書いてある本だったら嫌だなと思ったけれど、そのへんの「批判」と「愛、尊敬」の感覚はどちらもやり過ぎない程度にバランスがとれた書き方でそこはさすがです。
 「あなたたちの重荷にはならないからね」、そう言いながら住み慣れた土地の住み慣れた家から死ぬまで離れないことを選択した著者の両親。「親にとっては最善の選択だったのだろうが、近くに住んでいない子供たちにとっては事実重荷であり、最悪の選択だった」等々、ばっさりと厳しいこを書きつつも、親を愛していた、尊敬していた、だからこそ自分の愛していた親をだんだんと失っていくことが怖くてひどい態度をとってしまっていた、という苦しい後悔も率直に綴られています。
 印象的なのが、著者が親の人生最後の10年は「Sleepwalking」のようだった、と書いていること。これは夢遊病者のようにぼんやり歩いているという意味では無く、変化の無い日常を惰性と長年の習慣だけで過ごしているだけのように見えた、ということ。そして気がついたら、そこから抜け出す気力も体力も無い。夢遊病状態を続けるしかできない。
 それが「老いる」ということなのでは、とも思うけど、著者がそういう「老い」を表すために使ったゆでガエルの寓話が怖い。

「あなたがカエルをゆでたいと思ったとする。
ぐらぐらと沸騰した湯を用意してみよう。そこにカエルを放り込んだら、カエルは熱くて即座にお湯から飛び出してしまい、うまくいかないだろう。
しかし、カエルが心地よく感じるような適温の湯を用意したらどうだろう。そしてその湯を少しずつ熱く、熱くしてゆく。そこに入ったカエルは、気付いた時にはもう遅い。動けなくなって熱湯から出られないのだ。」

 この寓話はいろんなことのたとえに使われるらしい。そう、「老い」「老化」ってある日突然起こることじゃない。昨日の自分と今日の自分がガラリと変わるような変化が感じられるものではなく、じわじわじわじわ来るもの。何が怖いって、自分がもはや「心地よいぬるま湯に入れられたカエル」になっているんじゃないかということ。そして、もうスリープ・ウォーキング人生に入ってるんじゃないかって気がする・・・。

 ここ何年かで新しいことを何か始めたか?
 何か学んだか?
 肉体的にも、きついワークアウトは避けて安全に安全に・・・ってなってないか?
 なんか毎日毎日をこなしてるだけじゃないか?
 これってもうSleep-walking人生?

今からこんなんでどうする、自分。とゾッとしたのでした。この本、正直言って、自分じゃなくて親世代が切実に読む本だと思うんだけどね・・・。

裕福なアメリカ人の老後

 ところで、前述した通り、著者はゲイ。長年の同性のパートナーと本書執筆前に離婚したそうです。ということは、配偶者なし(これからも積極的に探す意思はあるようだけど)、子供無しの独身ということ。そして、親も両方亡くなっていて、あとは近い家族は二人の兄弟で、そのうちの一人には子供(著者にとって姪っ子さん)がいる、という家族構成。きょうだい仲は良好なようで、3人で力を合わせてご両親の最期の日々を支えていて、大人になってからギスギスしてしまうきょうだいも多い中、そこは読んでいて気持ちのいいものがありました。
 しかし、著者は、きょうだいをのぞくと天涯孤独に近いというかとても自由な身で、しかも歳をとっても続けられる知的な職業があり、お金もあり、「しがらみ無く自由に選べる立場」のシニア予備軍という立場からこのエッセイ集を書いています。
 普通のシニアはもっと経済的に厳しい生活、選択の自由の無い生活になるのではないかなとひがみ半分に思ったりもしました。私は確実に、そっちのグループに入るわけで、それはどうしたらいいんだよ、っていう・・・。

こんなリストに意味はあるのかという疑問

 著者に年齢が近い人にとっては、新しい知識や知見が得られずとも共感できる内容であり、若い人、先のことを考えたくない人にとっては刺激的な一冊なはず。遠くにぼんやりと見える親や自分の老後がリアルに感じられます。
 しかし、これを言っちゃおしまいなんだけど、こういう未来の自分へのリストって作る意味あるんだろうか。今の自分は20年前の自分が見たら、悲鳴を上げて逃げ出す自分になっている。「ああはならない」、そう思っていた道を歩んでしまっている。しかし、こうなるしかなったというか、どうしようもなかった事情もある。やっぱり歳を重ねて実際に経験しないとわからないことがあり、今の自分のままで20年、30年後の老後の自分の目標を立てても意味が無いんじゃないかと思うのです。 
 著者のご両親も、まったく同じようなマニフェストを著者くらいの年齢では思い描いていたかもしれない。それがどうにも実現できなくなる、それが「老いる」ということそのものじゃないかなと思うのです。つまりこういうリストって、「私は決して老いません」と言っているようなもので、それって不可能なんじゃ・・・?

70歳くらいからの人生を考えるきっかけにおすすめ

 とにかく、自分の人生の行く手に待ち受ける数々の試練に震えあがりつつ、何か背筋が伸びる本です。英語読書としては、40数個のエッセイのひとつひとつが短く、ほぼ独立していて、毎日ひとつ読んだりでき、まとまった読書時間がとれない人でも読みやすいと思います。日常生活を扱った内容なので、語彙も難解ではないと思います。272ページとコンパクトで、中~上級の読者ならさらっと読めるでしょう。私が読んだ時は、Kindle Unlimitedに入っていたのですが、今はそうではないようですね。売れたからかな。残念。

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