【本棚探偵】『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリの本棚から15冊

  有名人の本棚画像にある本を勝手に特定する本棚探偵、今回は、ヘブライ大学教授、歴史学者、哲学者、イスラエルの天才ユヴァル・ノア・ハラリ先生の本棚を捜査しました。

ハラリ先生、売れ過ぎ


 ユヴァル・ノア・ハラリと言えば、もはや本好きには、紹介の要らない有名人ですね。2015年刊行の『サピエンス全史』が憎らしいほど世界中で大ベストセラーになった方です。『サピエンス全史』を読んだオバマ大統領の感想は、「エジプトのピラミッドを目の前で観た時と同じような感銘を受けた」。ピラミッドを目の前で見ることが一生なさそうな一般人には、なにやらさっぱりなたとえをありがとうございます・・・。誰か一人くらい、「『サピエンス全史』、つまんなかったぜ!」と言う人はいないのか?

 まあ、とにかく、ハラリ先生はすっかり「世界の知性」「世界のご意見番」「賢人」に成り上がってしまいました。パンデミック中も、各国メディアにひっぱりだこでしたね。

ハラリ先生の自宅の本棚


 イスラエルがロックダウン中だった2020年4月~5月頃は、積極的に自宅からメディア出演していたハラリ先生。イランのニュース・チャンネルに出演された際の動画から、自宅本棚の画像をいただきました。
 学者なんで本を読むのが仕事とはいえ、やはりすごい蔵書数。イスラエルに地震が少ないことを祈る。向かって右側の、倒れて土から離れている観葉植物のイミテーションがちょっとまぬけ。意外と細かいところは気にしないハラリ先生であった。この本棚から特定できた4冊は以下の通り。

① 『The Brain: The Story of You (あなたの脳のはなし:神経科学者が解き明かす意識の謎 )』


 スタンフォード大学の脳神経科学者のデイヴィッド・ イーグルマン(David Eagleman)の2015年の著作。自身が監修したBBCの同名テレビシリーズを書籍化したもの。認知、記憶、意識など、脳科学の総論が一般読者にわかりやすく読みやすく書かかれている。

② 『AI Superpowers: China, Silicon Valley, And The New World Order(AI世界秩序 米中が支配する「雇用なき未来」)』



 Google中国の社長、マイクロソフト・リサーチ・アジア設立など、華々しい経歴を持つ中国のIT業界の大物、李開復(カイフ―・リー、Kai-Fu Lee)博士による2018年の著作。AIパワーの支配下に置かれるであろう国や大衆の未来が解析されている。人類はもう一回ラッダイト運動を起こしたほういいんじゃないの。

③ 『Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed(文明崩壊: 滅亡と存続の命運を分けるもの)』


 アメリカを代表する知性の一人、ジャレド・ダイアモンド先生(Jared Diamond)によるベストセラー。ジャレド・ダイアモンド先生と言えばピューリッツァー賞受賞の『銃・病原菌・鉄』が有名ですが、朝日新聞の「ゼロ年代の50冊」第1位に選ばれたということで、こちらの本も手にした方が多いのでは。
 歴史から姿を消した社会や文明に共通するものは何か。そこから現代のわれわれが学べることは何か。こういう本を読むと何もかも既に手遅れな感じがして絶望してしまう類の警世の書。
 ちなみに、ジャレド・ダイアモンド先生とハラリ先生はお友達で、あちこちで対談したり、お互いの本を面白い面白いと言い合っているお仲間。アフィリエイト契約とかしてないでしょうね?

④ 『Ancient Worlds: An Epic History of East and West』


 イギリスの歴史学者マイケル・スコット(Michael Scott)博士による2016年の著書。ローマ帝国を始め、地中海を中心に語られがちな紀元前の文明を、もっとグローバルな視点で中国やインドなども含めて研究し、それぞれがどのように影響し合ったかに着目している。ハラリ先生曰く「古代だけではなく、現代にも共通する、われわれの制度や思考が形成された重要な節目を再現している」。

ハラリ先生の大学オフィスの本棚

 その後、ハラリ先生はオフィスに戻ることが許されるようになると、ご自身の大学のオフィスからのメディア出演が増える。オフィス全体に設置された本棚、全景はこんな感じ。

 画像は、ヘブライ大学の公式動画からいただきました。
 自身の著作の各国バージョンに加えて、自宅本棚にあった本もちらほら見られ、そこから抜いて持って来た本も多いと思われます。こちらは、若干演出が入った本棚であり、ハラリ先生が

「こういった本を読んでいると思われたい」
「これらの本なら人に読んでいることを知られてもいい」
「皆さんも読んで~」

というような本を選んで置いている本棚でもあるので、面白い本ぞろい。

 だが、しかし私は一言言いたい。



 向き、間違ってっから! しかも二回も! 失礼しちゃう!

 もー、ユヴァルったらおっちょこちょい。 私に訊いてくれれば教えてあげたのに。ハラリ先生、日本でも稼ぎまくってるんだからもうちょっとカタカナ勉強しないと。
 しかも、同じ『ホモデウス』の下巻を何回も使って自著の水増ししちゃって、おぬしもワルよのう。

  それでは、ジェイムズ・コーデンのレイトショウ出演時の映像を使って、本棚の中身を特定していきましょう!
 

① 『Who Owns the Future? 』


 コンピューター科学の学者、技術者、作家のジャロン・ラニアー(Jaron Lanier)。ラニアーは、特に黎明期のVR技術への功績が大きく「VRの父」と呼ばれている。シリコン・バレーと切っても切り離せないキャリアを持つ身であるのに、現在のデジタル・テクノロジー環境の暗部に警鐘を鳴らし続け、著作や講義を通して提言や教育を続けている方である。ミュージシャンとしても精力的に活動中。いつも繰り返し言っていることだが、一人の人物に才能が集中し過ぎである。
 ラニアーの著作では、『万物創生をはじめよう』『人間はガジェットではない』『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』などが日本でも翻訳出版されているけど、ハラリ先生の本棚にあった本作は残念ながら未訳。ラニアーの2013年の著作で、情報産業と経済の関係に中心にラニアーの考察が書かれている。情報工学は本当に仕事を生み出しているのか。中流階級がネットの普及によりどう搾取され、プライバシーが侵害されているか。ラニアーは、現状に対する警鐘のみならず、「ではどうしたらよいのか」というより良い未来への提言も含めている。

② 『The Gene: An Intimate History(遺伝子―親密なる人類史)』


 インド出身のアメリカ人医師、がん研究者、医療系ノンフィクション作家であるシッダールタ・ムカジー(Siddhartha Mukherjee)の2016年の著作。現在もコロンビア大学で第一線の研究者でありながら、デビュー作『がん―4000年の歴史―』でいきなりピューリッツァー賞をはじめノンフィクション関連の文学賞を複数受賞し、作家としても大成功。こちらの彼の最新作は、題名通り遺伝子と遺伝子研究の年代史をあつかった科学書。しかし、堅苦しさは無く一般読者にもわかりやすい。「先へ先へ読ませる力がすごい」という評判は聞いていたけれど、実際読んでみて納得。著者自身がご自身の家系内で受け継がれている精神疾患の遺伝に苦悩している、という立場からこの大作ノンフィクションを記しているところが、単なる科学書を超える力強い内容を生み出しているように思えます。NTタイムズ紙のベストセラーチャートでNo.1。

③ 『Thinking, Fast and Slow(ファスト&スロー: あなたの意思はどのように決まるか?)』


 これはやっぱり・・・イスラエル繋がり?? イスラエルが生んだ心理学者、行動経済学者、ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)。ノーベル経済学賞受賞。カーネマンが珍しく学術書ではなく一般書として、自身の理論をわかりやすく記した2011年刊行のこの本、今後、古典として残って行きそう。 
 人間の思考を、「速い思考」(直感的、感情的)と「遅い思考」(論理的、経験に基づく)という二つにざっくりと分け、それらが人間が行う無数の意思決定にどのように影響しているかを読み解く。そうしたなされた意思決定がいかにバイアス(偏り、誤り)があるかについても実例を挙げながら解説している本。

④『The Sixth Extinction: An Unnatural History(6度目の大絶滅)』


 アメリカ人ジャーナリストのエリザベス・コルバートによる2014年のピューリッツァー賞受賞の著作。地球はこれまでも、隕石衝突や氷河期などで大規模な生物の絶滅を5回繰り返してきた。そして、今、我々は、第6回目の絶滅中の真っただ中にいるという。現在、生物種の数はすさまじい勢いで減って行っている。絶滅を食い止めようとしている様々な現場を巡った著者のルポが中心になっている本。オバマもお薦めBlurb書いてたっけ。

⑤ 『Gangster Warlords: Drug Dollars, Killing Fields, and the New Politics of Latin America Hardcover』


 イギリス出身、メキシコから英語圏にラテンアメリカの情報を発信し続けているジャーナリストであるヨアン・ゲリロ(Ioan Grillo)による2016年の著書。ヨアン・ゲリロの本は、一番売れた『メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱(原題:El Narco)』のみ日本で出版されていて、こちらの本は未邦訳。しかし、前述の著書同様、中南米の麻薬カルテルやギャングの構造、その力関係などを調査・取材している。心臓の弱い人には読めない残虐描写がもりだくさん。著者の身の安全が心配。ハラリ先生にしては、ハードな選書。

⑥ 『How to Change Your Mind(幻覚剤は役に立つのか) 』


 ここへ来て、ハラリ先生、またナイス・チョイスです!
 アメリカ人作家・ジャーナリストのマイケル・ポーラン(Michael Pollan)による2018年を代表するベストセラーのひとつ。NTタイムズ紙ベストセラーNo.1。ポーランは、その深く幅広い知見を活かして、食文化に関するノンフィクションを多く書いてきた作家。ここ最近の数冊は、「食」が少し発展して、「体に入るもの」に興味関心が変わってきたのか、本作のテーマは「幻覚剤」。マジック・マッシュルームとかLSDとか。実際に作者がキノコかなんかでトリップする体験までしながら、幻覚剤の歴史、苦痛緩和や精神障害の治療への可能性まで書き尽くしている。幻覚剤・・・自閉症者のパニックを鎮静化する時なんかにも使えないのかな。

⑦ 『Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress(21世紀の啓蒙 : 理性、科学、ヒューマニズム、進歩)』


 アメリカ人心理学者、言語学者、「知の巨人」っぽい扱いをされがちなスティーブン・ピンカー(Steven Pinker)の2018年刊行のベストセラー。
 この方は・・・心理学者として言語獲得とかそういう方面が専門だったはずなのになぜこういう方向に行ってしまった?? なんか「世界はこうあるべき」「人間はこうあるべき」みたいな、なんか『君たちはどう生きるか』の説教くさいおじさんみたいになっていやしませんか。
 まあ、巨大な知性が「みんなあんまり心配するな!啓蒙主義があればこの世界は大丈夫さ!世界は昔と比べりゃどんどんよくなってるんだよ。ざっくり平均すりゃそうだろ? 病気とか拷問とか減ってきてるしな!啓蒙主義だよ、啓蒙主義!!」とみんなの気持ちを明るくしてくれる本・・・ということでオーケー? 啓蒙主義なるものが一体なんなのかは、この本を実際に読んでピンカー先生に教えてもらいましょう! 
 今の世界を「このままじゃダメだ」と批判する学者さんの本がずらりと並ぶハラリ先生の本棚の中、この一冊だけが楽観的な感じで、大変興味深い。ビル・ゲイツも感銘を受けた本だとか。

⑧ 『The Road to Unfreedom: Russia, Europe, America(自由なき世界:フェイクデモクラシーと新たなファシズム) 』


 アメリカの歴史学者ティモシー・スナイダー(Timothy Snyder)による2018年刊行の著作。スナイダーは、近代ヨーロッパ史が専門フィールドながらも、学術書からコンパクトな一般読者向けの本、講演や寄稿を通して、世界規模で現体制への批判や機能不全の民主主義に対しても発信を続けている大きな影響力を持った学者さん。
 ハラリ先生の本棚にあった本作は、日本語のタイトルからはわかりづらいけれど、ロシアとプーチンが中心になっている。プーチンのロシアはいかにして作られ、何を目指しているのか。そしてそれにヨーロッパとアメリカがどう関与したか。アメリカのトランプ政権誕生にプーチンがどう影響したかまで書かれていて、アメリカ人が読むと危機感で落ち込む本とのこと。

⑨ 『Mama's Last Hug: Animal Emotions and What They Tell Us about Ourselves(ママ、最後の抱擁――わたしたちに動物の情動がわかるのか)』


 オランダ出身の心理学者、動物学者、動物行動学者のフランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)による2019年のベストセラー。これまたベストセラーだった前作『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか(Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are? )』の続編のような下巻のような本作、情動は人間特有のものではない、ということを事例を通して語っている。
 ハラリ先生のBlurb:「広い心を持った惹かれずにいられない本だ。人間を含めた動物の一生への本質的な洞察、思いやりに溢れている。」

⑩ 『Kindred(キンドレッド)』


 確認できる限り、この本がハラリ先生の本棚にあった唯一のフィクション。たった一冊あった小説がこれというのが、興味深い。なかなかいいセンスしてるね、ハラリ君。
 『Kindred(キンドレッド)』は、アメリカの黒人女性SF作家(そのように呼ばれることをご本人は嫌がっていたようですが)の草分け的存在オクテイヴィア・E・バトラーによる1979年刊行の小説。日本では1992年に和訳版が出ていたものの、入手が困難な状態になっていたので(中古で6万円!)、もうすぐ河出書房さんから文庫版が発売されると聞いて嬉しい。この本、アメリカで今年大ブレイクした女の子詩人アマンダ・ゴーマンちゃんの本棚探偵でもご紹介しました。
 オクテイヴィア・E・バトラーは、日本ではいまいち知られていないものの、アメリカでは著名SF文学賞総ナメの伝説的なSF作家で、近年、彼女が何十年も前に発表した近未来小説が気味が悪いくらい現在に近いということで再評価・再ブームが起こっている。しかし、この『キンドレッド』は、タイムトラベルものでありながら本人曰く「サイエンスの要素が一切無いのでSFではない」小説で、歴史フィクション、歴史ファンタジーに近い。
 南北戦争前のアメリカになぜか転送を繰り返されてしまう26歳の黒人女性が主人公。少しでも行動を誤れば、簡単に暴力をふるわれたり殺されてしまう。生きて夫のいる現代に還れるのか。そういったサバイバルのスリルに加え、奴隷黒人たちが何を食べ、何を思い、どのような生活をしていたかがこれ以上無いくらいわかる小説。もはやアメリカではクラシックの感ある本である。

⑪『The Taste of Ashes: The Afterlife of Totalitarianism in Eastern Europe』


 イェール大学の歴史学者マーシー・ショア( Marci Shore)の2013年の著作。ちなみに、彼女は⑧で登場したティモシー・スナイダーの同僚で奥さん。パワーカップルというやつですね。専門フィールドも、中央ヨーロッパと東ヨーロッパ・・・かぶってます。
 本作は残念ながら未邦訳。学術書、専門書というわけではなく、一般書に近く、実際に学生時代とその後の長い時間を東欧で過ごした著者の回顧録のような趣き。著者が東欧諸国で出会った人々との思い出が中心で、第二次世界大戦後のヨーロッパ情勢に翻弄された人々の悲劇が綴られている。

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 以上、ユヴァル・ノア・ハラリ先生の自宅本棚から4冊、オフィス本棚から11冊、合わせて15冊の捜査結果でした。
 フィクションが少ないところが少しつまらないですね。そして、「いかにもハラリ先生が選びそう」な感じのお仲間の本が多い。とはいえ、専門書・学術書が少なかったのはかなり意外です。日本語に翻訳されているような、その辺の人が読むようなベストセラーが多くて、ハラリ先生もこんなの読んでいるんだなと親しみを感じました。

 なんか面白いノンフィクションを探している方は、ハラリ先生の本棚から一冊どうでしょう?

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