【本棚探偵】大ブレイクした若き詩人アマンダ・ゴーマンの本棚は傑作YAぞろい


 有名人の動画や画像の背後に写った本棚にある本を勝手に特定する本棚探偵、今回は詩人界のまさにライジング・スター、アマンダ・ゴーマンちゃんの本棚を捜査します。

アマンダ・ゴーマンって誰 

 アマンダ・ゴーマンちゃんは、1998年生まれ、カリフォルニア出身のアメリカ人の詩人。幼少期は、聴覚処理障害(auditory processing disorder、APD)と診断され、発話にも遅れがあってスピーチ・セラピーを受けていたこともあったとのこと。ご本人は、「聞き取りや会話に困難があったからこそ、読むこと書くことが得意になった」と障害を強みをとらえる前向きな発言をしていて、本当にお手本のようなお嬢さんです。
 詩の内容は、若さとか恋とか銀色夏生みたいな感じじゃなくて、人種やフェミニズムなど社会のシリアスな問題をテーマにしているものが多い。2015年、16歳か17歳の時にすでに最初の詩集を出版し、奨学金でハーヴァード大に進学。詩を書くだけではなく、詩で訴えていることを現実にしたい、と非営利団体を設立したり社会活動にも熱心に取り組み、2036年のアメリカの大統領選挙に立候補したいと公言しています。2036年・・・というと、アマンダちゃんは38歳。確か35歳から米国大統領に立候補できるはずなので、その年齢を越したらすぐに選挙に出馬したいということですね。
 なんというか・・・しっかり若い頃から自分の進みべき道をわかっていて、ばっちり計画立てていて・・・うう~出来過ぎちゃん過ぎやしませんか。道徳の教科書に乗りそうな女子です。

バイデン大統領の就任式で世界的にブレイク

 高校時代、大学時代から注目を浴びていたアマンダ・ゴーマンちゃんですが、世界的なブレイクはやはり2020年、バイデン大統領の就任式で「就任式詩人」に抜擢されてから。

就任式で読んだ詩もさっそく書籍化

 これまでは、大統領就任式に「就任式詩人」というものがいたことすらそれほど知られていませんでした。ちなみに、詩人を自身の就任式に登場させた大統領はこれまでで実はたったの四人、ジョン・F・ケネディ、ビル・クリントン、バラク・オバマ、そしてジョー・バイデン。ケネディが始めた伝統なのですね。アマンダちゃん以外の面子は以下の通り。

1961年 ロバート・フロスト(Robert Frost)、JFKの就任式
1993年 マヤ・アンジェロウ(Maya Angelou)、ビル・クリントン一期目就任式
1997年 ミラー・ウィリアムズ(Miller Williams)、ビル・クリントン二期目就任式
2009年 エリザベス・アレクサンダー(Elizabeth Alexander)、オバマ一期目
2013年 リチャード・ブランコ(Richard Blanco)、オバマ二期目

 最初の二人が・・・すごいっすね・・・。すごいけど、まあ、それを話題にしていたのは意識の高い知識層くらいでしょう。しかし、22歳、史上最年少のフレッシュなアマンダちゃんのようなお嬢さんが出てきたら話は別です。「あの子は誰?」と一気にお茶の間(アメリカには無いか)で話題騒然。これ、42歳とか52歳だと多分ダメです。92歳か102歳になるまで、年齢だけではもう話題にはならない。年齢差別じゃないですよ、現実です。若いって大事。
 そして、アマンダ・ゴーマンちゃん、お顔もかわいらしく、ハイ・ファッションも着こなすおしゃれさんで、詩人と言うより女優さんのよう。若くてかわいくて才能がある。最強です!! ヒロイン誕生。作っている詩も確かに良い詩なのでしょうが、おそらく同じ詩を就任式で私が読んでもみんなぐーぐー寝るだけでニュースでもすっとばされることでしょう。
 アマンダ・ゴーマンちゃんの就任式デビュー後の快進撃はすさまじく、アマゾンのチャートでは彼女の詩集が一位になり、スーパー・ボウル(アメフトの頂上決戦、アメリカですべてのテレビ番組の中で年間視聴率1位)では初のPre-game Poet(試合の前座の詩人)として登場、モデルエージェンシーと契約し、ファッション誌の表紙を飾りまくりました。詩集もバンバン出しています。

本棚もなんだか若い

 なんだかむかつくくらい絶好調のアマンダ・ゴーマン。
 コロナ禍でも、たくさんの番組に自宅からリモート出演してくれました。いつも、同じ本棚の前から、いろんなヘアスタイルと素敵なお洋服で出ています。
 本棚は、ジャンルでも著者でもなく、背表紙の色ごとに棚を作っているというユニークな収納法。すっきりきれいな見映えになるやり方ですね。探すのが大変そうですが。本が大好き!ということが伝わってくる素敵な本棚です。年齢相応に流行りのYAが多いのですが、きちんとクラシックも読んでいる。くやしいことに本の趣味も大変よろしく・・・もう本当に出来過ぎちゃん過ぎて腹が立ちます。
 それでは、アマンダ・ゴーマンの本棚から10冊をご紹介。

① 上段『Mocking Jay(ハンガー・ゲーム3 マネシカケスの少女)』、
  中段『Catching Fire(ハンガー・ゲーム2 燃え上がる炎)』


  私の中で、アメリカと日本で知名度が一致しない小説ベスト10に入る小説。アメリカでは(特に若者なら)好き嫌いは置いといて実に多くの人が読んでいる、もしくは読んだことなくても知っている大大大ベストセラー、スーザン・コリンズ(Suzanne Collins)作の『ハンガー・ゲーム』三部作。アマンダちゃんの本棚では、第二部、第三部しか見つけられなかったけれど、第一部も多分この本棚のどっかにある。
 本の中身は、少年少女の殺し合いがスポーツになっている近未来を舞台にしたYAディストピア小説で思い切りエンタメ路線。日本では『バトル・ロワイヤル』のパクリ小説として知られている。読み終わった後に何も残らないと言えば残らないけれど、時を忘れて一気読みできる。これ以上続きは無い、という感じのきちんと決着をつけた終わり方もいい。・・・と思ったら、2020年に前日譚と言う形でシリーズの新刊を出しやがった。がっかり。

② 『Little Fires Everywhere』


 2017年刊行、セレステ・イング(Celeste Ng)の長編二作目の小説。すごく売れましたね、この本。見事、「No.1 New York Times Bestseller」! リース・ウィザスプーンが自身のブッククラブの課題図書に選んで、強烈に推していたのも効いた。ドラマ化して主演もしていますね。日本語に翻訳されていないのが意外です。
 ジャンル分けや内容の説明が難しいのですが、先へ先へ読ませるエンタメ要素が強い、読みやすい文芸小説です。長さもカチッと短く大変よろしい。テーマは「母であること」でしょうか。何をもって、その人を「母」とするのか? 産めば母なのか、育てれば母なのか。妊娠すれば母なのか。子を失う(死という意味ではない)いろんなケースが描かれ、舞台となるアメリカの裕福な郊外のコミュニティの欺瞞や、家族の崩壊などと絡み合って、後半のもどかしいもつれ具合がすごい。角田光代さんの『八日目の蝉』をもっと群像劇にしたような雰囲気。

③ 『Thunderhead』


  アメリカでYA作家として長いキャリアを持つニール・シャスタマン(Neal Shusterman)による2016年発表のディストピアYA小説。サイズ三部作(Arc of Scythe)の第二部。この三部作は、2022年7月現在、日本語版は残念ながら第一部の『Scythe(奪命者)』しか出ていない。でもそれでいいのかも。どのYA三部作にも言えることだけど、第一部が一番気合が入っていてカチッとまとまっていて素晴らしい。

 
 近未来、病や死を克服し、望めば半永久的に生きられるようになった人類。しかし、地球の限られた資源や空間のために避けては通れない”人口調整”の役割を担う「サイズ(Scythe)」と呼ばれる「奪命者」たちがいた・・・。という、何かロイス・ローリーの『The Giver(ギヴァー 記憶を注ぐ者)』をもっとSFチックに複雑にしたような設定。将来の「奪命者(サイズ)」の候補に選ばれた少年と少女を主人公に、少ない登場人物でじっくりと生や死について考えさせられる1巻はおすすめ。光があるから影があり、影が無いという事は光も無い。死や苦痛の無い生は、本当に生きていると言えるのだろうか・・・?
 日本語版のタイトルに、翻訳者さんのセンスを感じます。私には思いつきません。そう、「殺人者」ではなく「奪命者」ですね。いや、「終命者」の方がいいか・・・?
 ユニヴァーサル・スタジオが作品刊行後、すぐに映画化権を買って、映画化プロジェクトが進行中と聞いていたけれど、まだ完成の話が聞こえてこない。コロナの影響か?

④ 中段『With the Fire on High』
  下段『The Poet X(詩人になりたいわたしX)』

 ドミニカ系アメリカ人の作家・詩人のエリザベス・アセヴェド(Elizabeth Acevedo)の小説が二冊。本棚の下段にある方の小説、『The Poet X(邦題:詩人になりたいわたしX)』は、アセヴェドの二作目の長編小説。全米図書賞の青少年文学部門、マイケル・L・プリンツ賞(YA文学のアカデミー賞みたいな賞)を両方受賞という快挙を成し遂げて、アセヴェドは一躍注目のYA作家に。
 続いて2019年に刊行した本棚中段の『With the Fire on High』は、料理の才能があるティーンのシングルマザーの物語となっていて、こちらも数々のYA文学賞にノミネートされたりして好評。

⑤ 『The Fountains of Silence』


 アメリカ人の歴史フィクション小説家、ルータ・セペティス(Ruta Sepetys)による2020年9月刊行の新作。ルータ・セペティスは、両親が旧ソ連の支配下にあったリトアニア難民であるというルーツを持ち、過去のベストセラーからはそれが色濃く感じられます。デビュー作のYA小説『Between Shades of Gray(邦題:灰色の地平線のかなたに])』では、ソ連のバルト三国のジェノサイドをリトアニア人の少女を主人公に描き、国際的にベストセラーに。長編第三作目の『Salt to the Sea(邦題:凍てつく海のむこうに])』では、ソ連軍により撃沈された豪華客船ヴィルヘルム・グストロフ号の惨劇をテーマにし、見事カーネギー賞を受賞。
 両方、YA小説なのですが、大人にも非常に多く読まれました。題材が題材だけに、超超シリアスです・・・。
 アマンダ・ゴーマンの本棚にあった今作は、1950年代のスペインが舞台、フランコ将軍の独裁政権下で数奇な運命をたどる二人の男女の物語。作者ご自身のルーツから少し離れたわけですが、やはり得意の歴史フィクションです。

⑥ 『The Hate You Give(邦題:ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ)』


 ラッパーから作家になったアンジー・トーマス作の2017年の大大ヒットYA小説。2018年には同タイトルで映画化。
 幼なじみを警察の理不尽な発砲により突然失った黒人女子高生が主人公。黒人社会と白人社会の格差、人種間不平等、それらと葛藤しつつもたくましく生きていく彼女の成長が生き生きと描かれている。これ以上ないタイミングで出た一冊。この題材を知るための定番、クラシックになっていきそうな感じです。白人ばかりの高校に通う主人公が、学校ではキャラを微妙に変えたり、パーティーで「白人が勝手に思い描く黒人」を利用して立ち回ったりする、「黒人女子高生あるある」なエピソードや、元ラッパーの作者ということでヒップホップへの言及が多いことも面白い。スラングの勉強にもなる、大人が読んでも面白いYA。

⑦ 『Frederick Douglass: Prophet of Freedom』


 イェール大学の歴史学者デイビッド・W・ブライト(David W. Blight)の2018年刊行のノンフィクション。題名通り、フレデリック・ダグラスの伝記です。2019年のピューリッツァー賞歴史部門の受賞作。
 アメリカの一奴隷として辛酸をなめながら、当時は黒人に許されていなかった読み書き(この後に登場する『Kindred(キンドレッド)』を読むとその辺の事情がよくわかります)をこっそり学び、その後逃亡に成功して海外に渡り、奴隷制撤廃運動に大きな貢献をしたという、小説の主人公のようなダグラスの生涯はすごい。絶望的な状況でも自由を諦めなかった強い心、暴力ではなく読むこと書くこと言葉で訴え続けることの力で立ち向かう勇気、知性・・・アメリカの学校でもお手本のように扱われる偉人です。どのように伝記としてまとめられているのか気になる本です。きちんとこんなノンフィクションも読んでいるアマンダ・ゴーマンちゃんもすごい。

⑧ 『Circe(キルケ)』


 アメリカ人作家マデリン・ミラー(Madeline Miller)による2018年発表の二作目の長編小説。マデリン・ミラーは、元ギリシャ語・ラテン語の教師。その専門知識(?)を活かして教師生活中に10年かけて書いたというアキレスとパトロクロスのラブ・ストーリーを描いた2012年のデビュー作『The Song of Achilles(邦題:アキレウスの歌])』がいまだに女子たちに大人気の作家。本好きのティーンがTikTokなどで再ブームを作っているみたいですよ。
 今作でも、主人公はギリシャ神話やホメロスの『オデュッセイア』によく登場する女神(魔女?)キルケ。それらに登場するキルケのを現代的なテイストを加えながら再解釈し新しい物語にした作品のようです。こうして説明していてもピンと来ない、読んでみないと面白さが分からない系の本。デビュー作同様、こちらも読者の評価が高く、HBO Maxでドラマ化のプロジェクトが進行中。

⑨ 『Tar Baby(タール・ベイビー)』


 アメリカの黒人作家で初のノーベル文学賞受賞、アメリカ黒人文学の母、レジェンドのトニ・モリスン(Toni Morrison)による1981年刊行の4作目の長編小説。育った境遇や環境をまったく異にする二人の男女が愛し合ったら、その「違い」は埋められるのだろうか? ジャンルは、ヒストリカル・ラブ・ストーリーですかね。約330ページと短く、是非とも原書で読んでみたいのですが、今の私じゃ眠りのおともになるだけかも・・・。

⑩ 『Kindred(キンドレッド)』


 故オクテイヴィア・バトラー(Octavia E. Butler)を読んでいるとは、さすがアマンダ・ゴーマンちゃん。オクティヴィア・E・バトラーは、アメリカの黒人女性SF作家。ネビュラ賞、ヒューゴ―賞受賞、SF作家初のマッカーサー・フェロー「天才賞」受賞、まさにSF界の女王。しかし、彼女の作品で邦訳されているのはこの『Kindred』のみ・・・。
 バトラーは2008年に58歳で他界してしまったけれど、90年代の作品Earthseedシリーズ(Parableシリーズとも呼ばれる)で、「Make America great again」をスローガンに掲げる政治家が台頭する2020年代の荒廃したアメリカの近未来を描いていることから、「まるで預言者」と近年改めてその才能と先見性に再評価の声が高まっている。
 この小説は、近未来ものではなく、70年代のアメリカから1800年代の奴隷制度まっさかりのアメリカに繰り返し転送されてしまう黒人女性が主人公の社会派SFファンタジー。作者が「サイエンスの要素が全く無いので、SFではない」とおっしゃる通り、ある種の不条理小説でもあり、とにかくすべてがリアルで奴隷の恐怖、屈辱、悲しみをすごい迫力で感じられます。暴力描写が苦手な人は読めません・・・。

 以上、アマンダ・ゴーマンちゃんの、硬軟織り交ぜた年齢にふさわしい素晴らしい本棚でした。この本棚から、何冊も読ませてもらっています。アマンダちゃん、素敵な本をたくさん教えてくれてありがとう。アマンダちゃんの詩集は、まだ一冊も読んでいないんだけど。ごめん。

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