「こんな本はBanしろ!」アメリカの図書館で苦情が多い本トップ10【2021年版】


 やめろと言われると、余計にやりたくなる。
 読むなと言われると、余計に読みたくなる。
 というわけで、全米図書館協会(American Library Association)が年一回発表する「抗議が多い本トップ10」が毎年無性に気になります。一体どんな本に文句が集まっているのか、今年も徹底捜査しました。

「抗議が多い本トップ10(Top 10 Most Challenged Books)」とは

 その前にそもそもこのトップ10リストがなんなのか、おさらい。
 これは、アメリカ全土にウン万人の会員を持つ図書館のまとめ役みたいな巨大組織である全米図書館協会の中の「知的自由擁護事務所」(Office for Intellectual Freedom)というところが集計・発表しているものです。毎年4月に、前年の一年間で、「図書館から排除しろ」「閲覧対象を制限しろ」「子供向けのコーナーに置くな」と言った苦情や異議が多かった本の上位10冊のタイトルをウェブサイトで公開してくれます。全米図書館協会の知的自由擁護事務所は、その名の通り、検閲から図書館を守ることを目的の一つとしており、表現・言論の自由の啓蒙活動の一環として、このリストを発表しています。
  2022年4月に発表になったトップ10リストは、2021年に全国各地の図書館に寄せられた729件の案件に基づいて作成されています。729件・・・といと、全米の図書館数からすると、意外と少ないと感じますが、たいていはこの1案件に複数の本への異議・苦情が含まれているとのこと。そのため、集計の対象となった本のタイトルの総数は1597件だそうです。こういった意義・苦情案件を全米図書館協会に報告するこは義務ではなく、あくまで任意で行われているため、協会側に報告されていないケースもあり、実際の件数はもっと多いと思われます。

2021年に全米図書館で抗議が多かった本トップ10

 それでは、リストを第10位から順にみていきましょう。

第10位『Beyond Magenta(カラフルなぼくら)』


 米国の作家・写真家のスーザン・クークリンによる2014年2月刊行のノンフィクション。6人のトランスジェンダーのティーンたちへのインタビューとポートレート写真集。これまでの人生の旅路、性的少数者であることの葛藤、性遍歴などが赤裸々に語られている。主な抗議理由は、LGBTQIA+のコンテンツである、露骨な性表現が含まれている、など。こちらの記事で詳しく紹介しています↓

第9位『This Book is Gay(未訳)』


 2015年1月刊行、英国の作家・トランスジェンダー活動家で自身もトランスジェンダーであるジュノ・ドーソンによるノンフィクション。主な抗議理由が、「LGBTQIA+コンテンツ、性教育を提供しているような内容」とあるけど、まさにLGBTQIA+バージョンの保健体育の教科書、という感じ。でも堅苦しくはなく、割とくだけた感じで温かく明るく性的少数者の深くミステリアスな世界、多くの人が疑問に思う部分を教えてくれている。

第8位『The Bluest Eye(青い眼がほしい)』


 黒人初のノーベル文学賞受賞者、黒人文学の母、アメリカ文学界のレジェンド、トニ・モリスンの1970年の衝撃のデビュー作。もはや「新しい古典」となりつつある作品。名作の定めゆえ多くの意識が高い青少年に読み継がれ、その内容も問題視され続ける・・・という定番の流れにはまって、抗議本リストの常連作品。実の父親から性的虐待を受け妊娠してしまうという登場人物の設定と描写が青少年に有害だというのが主な抗議理由。

第7位『Me and Earl and the Dying Girl(ぼくとあいつと瀕死の彼女)』



 アメリカ人作家ジェス・アンドルーズの2012年刊行のYA小説。このデビュー作のヒットで、作者は2015年の映画版の脚本も担当。本のタイトル通り、幼馴染の病死がストーリーの重要な位置を占めているけれど、面白いティーンネイジャーのマシンガン・トーク調でカラッとドライな小説。主な抗議理由は、「性的な表現が露骨」「女性を下に見ている」など。トップ10の中で、なぜランクインしたのかが一番謎な小説。主人公の少年は、エロいことなどしたくともするチャンスすら永遠に来なそうなぱっとしない非モテ君で、どこらへんが図書館から排除したくなるほどやばいのかさっぱりわからない。これでダメならそのへんの本全部ダメだと言わざるを得ない。

第6位『The Absolutely True Diary of a Part-Time Indian(はみだしインディアンのホントにホントの物語)』


 ネイティブ・アメリカンの保留地出身の作家シャーマン・アレクシーの2007年のYA小説。フィクションとは言え、作者の実体験が色濃く投影されており、貧困と暴力にまみれ絶望感・閉塞感に溢れた自身のコミュニティと白人社会という二つの環境で成長していく主人公の姿が生き生きと、面白おかしく描かれている傑作。抗議本リストの常連で、2010年代(2010年~2019年)の10年間で最も抗議が多かった本のナンバー1。主な抗議理由は、汚い言葉(F○○kとか)の使用、性的な表現がある、蔑称の使用(Nワードとか??)など。
 詳しくはこちらの記事をどうぞ↓

第5位『The Hate U Give(ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ)』


 元ラッパーの作家のアンジー・トーマスによる2017年刊行の大ヒット社会派YA小説。映画化もされ、アンジー・トーマスはこの小説で一躍人気YA作家に。幼馴染の命を不当に警察に奪われた黒人女子高生が、人種不平等を見過ごさず正義のために立ち上がる勇気の物語。この小説は、ジョージ・フロイドさん殺害事件などでブラック・ライブズ・マター運動が盛り上がっているご時勢であまりにタイムリー過ぎた。抗議理由は、不敬語、暴力描写、反警察のメッセージを訴えている、など。作者は「反警察ではなく、反・警察暴力の小説です」というコメントを出している。

第4位『Out of Darkness(未訳)』


 米国人作家アシュリー・ホープ・ペレスによる2015年のYA小説、ヒストリカル・フィクション。1937年に実際にテキサス州で300人以上の児童と教職員が犠牲になったニューロンドン小学校爆発事故をベースに、人種差別まっさかりの社会で熱烈に愛し合う黒人少年とヒスパニック系少女、白人である少女の継父の彼女へのゆがんだ愛情が繰り広げる危険な三角関係の行方を描いている。主な抗議理由は、虐待描写、露骨な性的表現など。作者は「人種差別の問題を青少年に訴えている小説」と言っていて、その気持ちは痛いほど伝わったけど、確かに大人の私が読んでもショッキングな内容ではあった。詳細は↓

第3位『All Boys Aren’t Blue(未訳)』



 アメリカ人ジャーナリスト、作家、性的少数者のための活動家でもあるジョージ・M・ジョンソンによる2020年刊行の回顧録。30代の著者が、「黒人」というマイノリティ人種の中でさらに「ノンバイナリ」という性的性的少数者に属して育った自身の幼少期から青年期の思い出を振り返っている。主な抗議理由は、LGBTQIA+コンテンツであること、不敬語、露骨な性表現、など。確かにベスト3にふさわしいスゴイ章がありましたよ・・・。詳しくはこちらをどうぞ↓

第2位『Lawn Boy(未訳)』


 アメリカ人小説家ジョナサン・エヴィソンによる2018年刊行の半自伝的小説。20代前半、貧困家庭出身、クビになって職も無し、彼女無し、なんにも無しどころか、シングルマザーの実母が忙しくて知的障碍者の兄の面倒まで押し付けられて・・・みたいな悲惨な境遇の青年が主人公。主人公が、自分自身を知り、自分を見つけ、何者かになるまでの道のりが物語になっている。そういう話だったのか・・・と後半ちょっとびっくりな展開をする小説。主な抗議理由は、 LGBTQIA+コンテンツ、 露骨な性表現など。

第1位『Gender Queer(未訳)』



 アメリカ人イラストレーター、漫画家のマイア・コバベによる2018年刊行のグラフィック・メモワール、つまり回顧録マンガ。30代の著者が、性的なアイデンティティに混乱した自身の思春期をコミックで綴った作品。本当に包み隠さず、ここまでさらけ出せるのかというくらい性の悩みや周囲と違う人間であることの孤独や傷みを赤裸々に、そして自身の想いに誠実に描いている。味のある絵や言葉、エピソードの選び方や並べ方で読んでいて飽きない興味深いメモワール。
 作者は特に有名人ではなく、インスタグラムにアップしていた短いコミックで目をつけられ、小さな出版社からたった5000部の初版でこのメモワールを出版するに至った方である。しかし、作品の質が高かったゆえか、小さな文学賞のヤングアダルト部門などに選ばれるようにになって注目を浴び始め、反LGBTQカルチャーの保守派に目をつけられて、本書は一躍議論のターゲットに。昨年、図書館にもっとも抗議が殺到した本になってしまった。主な抗議理由は、LGBTQIA+ コンテンツ、露骨な性表現。

例年に無く加熱する禁書活動 

 以上、アメリカの図書館で2021年に抗議されたり排除されたりした本のトップ10冊でした。 ご覧の通り、10冊のうち5冊がLGBTQ関連、トップ3がすべてLGBTQ関連の本です。LGBTQがいかにアメリカでホットなトピックかがおわかりいただけると思います。はっきり言って、文化的に内戦状態にあるアメリカで、反LGBTQかそうじゃないかはある種の踏み絵であり、不当に目の敵にされ過ぎだと感じます。
 図書館への抗議や排除要請は毎年繰り返されてきたもので、特に最近始まったことでは無いものの、最近の新傾向は、法律で規制までしようとする州が出て来たという流れです。つまり、「性的な描写や、ジェンダーの自己認識に関わるテーマを含んだ本を図書館に置くのは違法、図書館員は犯罪行為を働いたとして刑事的に罰せられる」という法律を議会で通そうとしている州が複数州(ワイオミング、オクラホマなど)あるのです。それって思いきり検閲では・・・? アメリカは自由の国じゃなかったっけ・・・? 
 ここまで来たのも、やはりアメリカの深まる分断が原因で、図書館本の検閲問題は、政争に使われていますね。保守系の政治家たちが支持者に媚びて、「支持者さんたちの嫌いな本は法律でちゃんと規制するからね!ぼくちゃんたちこんなに頑張っているんだ!リベラルには負けないよ!投票してね!」とやっている感がプンプンします。
 しかし、保守派だけが悪いかというとそれも微妙で、トップ10の10冊の本のうち何冊かは、(あくまで私の基準でですが)学校の図書館にこれを置くなんてすごいな、というものもありました。日本の学校図書館では決して扱われない類の本だと思います。排除要請までしようとは思いませんが、積極的に子供に読んでほしいとは思わない内容ではありました。性表現の分野で自由が進み過ぎているような・・・。しかしまあ、アメリカの高校生って車乗り回して大学生みたいな感じもあるから、私の感覚が古いのかも。

意味の無いアメリカの禁書活動

 それにしても、この禁書活動には不毛なものしか感じません。子供を守るため、と抗議側の親たちはよく言いますが、親御さんたち、あなたそもそも自分の子供を本当によくわかっていらっしゃいます? 学校図書館の本なんか読みませんよ、このTikTokだのYoutubeだのインスタだののご時勢に。図書館員さんを困らせるのはおやめなさいと言いたい。図書館から本を排除したって、スマホでなんでも見られるでしょ?
 残念ながら我が子が通う学区の学校図書館でもこうした抗議が寄せられたそうで、司書さんが新聞インタビューで下記のようにお話されていましたよ。

「親より子供たちのほうが、自分がその本を読む準備ができている人間かどうかをよくわかっている」
「抗議が寄せられた本は、たいていすごい人気になりますね」

 そうなんですよ、私も、「抗議殺到」「○○州の学校図書館で全面禁書扱いに!」などというニュースを聞くと、「読まねば!!」となる人間です。今回の抗議本トップ3の作家なんか、「こういう本を排除するのは少数派の人間を社会から排除するのと同じことだ、社会に必要無いと言っているようなものだ」などと憂慮のメッセージを発表してはいるものの、実はガッツポーズだと思います。本が売れまくっているはずです。というわけで、抗議している人たちは、本を排除したいんだかプロモートしたいんだかよくわかりません。
 まあ、まとめると・・・・・・暇なんでしょうね。これ言っちゃおしまいですが。
 現在のウクライナの人たちは間違いなく図書館の本に抗議なんてしないと思います。アメリカは平和で豊かな国ってことかな。日本とは違う形で、平和ボケが噴出しているのを感じずにはいられません。いいんだか悪いんだか、よくわかんなくなってきました。

前年(2020年)のリストに興味がある方はこちらの記事もどうぞ

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