アメリカの図書館で最も文句つけられた問題本・禁止本トップ10【2020年版】

  毎年4月恒例、アメリカ図書館協会(American Library Association)による「最も異議・抗議が寄せられた本ベスト10(Most Challenged Books)」が今年も発表になりました。

 2020年の一年間で学校図書館、大学図書館、自治体の公共図書館に寄せられた、
「図書館から撤去すべきだ」、
「青少年向けの本の棚に置くな」、
「親の許可無しで貸し出すな」
と言った抗議や異議申し立てを追跡し集計した結果、以下の10冊が名誉のランクイン。

 今のご時勢でホットな問題が一目瞭然なベスト10であり、ご自分のお子さんに読ませるかどうかは置いといて、分別のある大人なら一度は目を通しておいて損は無い名作がずらりと並んでいます。

 では第十位からチェックしていきましょう!

第10位『The Hate U Give(ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ)』

 
  ラッパーから小説家となったアンジー・トーマス(Angie Thomas)による大ヒットYA小説。もう紹介の必要もないですかね。アマンダ・ゴーマンちゃんの本棚探偵をした時にもご紹介しました。

 幼なじみを警察の過剰暴力により失った黒人女子高生が、人種不平等に立ち向かう勇気が描かれたフィクション。

 抗議された主な理由は、不適切な言語や表現、反・警察のメッセージをばらまいている、など。

 テキサス州の学校図書館で、「学区のポリシーに反する言語が作中で使われている」として撤去され、生徒たちがその措置に抗議する署名運動を繰り広げた結果、結局は図書館に継続しておかれることになったという騒動があったようです。(現在、その図書館では、この小説は親の許可があれば貸し出し可能という扱い)まるでこの本の中の主人公のように、生徒さんたちは検閲を不服として立ち上がったわけですね。

第9位『The Bluest Eye(青い眼がほしい)』 

 ノーベル賞受賞作家、黒人文学の母、トニ・モリスン(Toni Morrison)のデビュー作にして不朽の名作であるこの小説も、抗議や禁書の魔の手からは逃れられなかった・・・。1970年刊行以来、抗議本ランキングの常連。「性的虐待により父親の子を身ごもる」という登場人物設定がやはり検閲の対象になってしまうのか。抗議理由は、露骨な性表現、幼児の性的虐待を描いている、など

第8位『Of Mice and Men(ハツカネズミと人間)』

 第9位に続き、ノーベル文学賞作家ジョン・スタインベック(John Steinbeck)による名作がランクイン。この名作もまた素晴らしい作品であるだけに高校の授業などで取り上げられことが多く、そのために抗議や検閲の対象になってしまうことが多いというパターンに陥っている。この二十年くらい、常に抗議本ランキングの常連だそうです。
 内容というより、その時代は許されていた差別用語が現代になって受け入れられなくなったのが問題。抗議理由は、不敬な言葉(”God damm”、”Jesus Christ!”を罵りに使っているなど)、人種差別用語(Nワード、Jap等)、内容的に有色人種や女性や知的障碍者を見下している、など。
 言葉って変わりますからね。実家に、村岡花子さん訳の『赤毛のアン』の80年代くらいの版があるのですが、それだって、ちょっと中をのぞいただけで今は使ってはいけない差別語(「つ〇ぼ」とか「め〇ら」とか、今の若者はもう知らないと思われる言葉)がたくさんありましたし。内容が素晴らしくても、今の時代に許されない差別語を使っているという理由で排除要請が来てしまうなんて。ちょっと昔の本は、ほとんど全部ダメってことになりませんかね。

第7位『To Kill a Mockingbird(アラバマ物語)』

 1960年、大恐慌時代のアメリカ南部で、レイプの罪に問われた無実の黒人のために正義を貫こうとする白人弁護士一家の物語が一家の子供の目を通して綴られている。 ハーパー・リー(Harper Lee)のピューリッツァー賞受賞の名作、映画版はアカデミー賞も授業。アメリカの高校生が一度は(いやいや)読まされるクラシック。ニューヨーク・タイムズ紙による「読者が選ぶ過去125年で最高の小説」企画で堂々の第一位。もしかして、無理やり学校で読まされたこの一冊しか本を読んだことがないという人が多かった・・・?とかじゃないでしょうね。
 こんな「好き嫌いは置いといて教養として一度は読んどけ」本まで、図書館に排除要請が来るとは! やはり学校の授業で取り上げられる作品には、子供への影響を鑑みて厳しい追及がある様子。
 主な抗議理由は、人種差別用語(Nワード)、不敬な言葉、性犯罪を扱った内容が学校にふさわしくない、救世主のような白人キャラクターはどうなのか、などなど。
 アメリカ南部の人種差別の問題を扱った正義の小説なのに何がダメなの?と不思議ですが、これまた昔の小説にありがちな差別的な言葉使いや、現代から見ると微妙にズレてる「白人が見た黒人」、しょせん当事者ではない人が解釈した黒人の苦しみしか描かれていないことが問題視されている。「優れた小説の姿を借りた体制的な人種差別の推進本」という厳しい声も。人種間不平等を教育で扱いたいんだったら、そろそろ白人が書いた黒人の小説じゃなくて、黒人による黒人の小説を使ったらどうなのよ、という声は確かに最近よく目にします。

第6位『Something Happened in Our Town』

 アトランタの大学の医学部で児童や家庭問題を専門に研究・診療に従事する三人の心理学者マリアンヌ・セラノ(Marianne Celano)、マリエッタ・コリンズ(Marietta Collins)、アン・ハザード(Ann Hazzard)によるストーリーにジェニファー・ジィヴィオン(Jennifer Zivoin)の美しい絵がつけられた絵本。幼稚園から小学校中学年くらいまでの子供向けに、アメリカで相次いでいる警官による黒人への過剰暴力の背景をやさしく解説している。
 教育や啓蒙を目的にした絵本だからか、こちらの子供向けの読み聞かせ動画ですべてのページをみせてくれて、朗読もしてくれています。

 主な抗議理由は、こうした絵本を早くから読ませることで何も知らない子供にかえって対立や分断を教えている、反警察の考えを促進している、など。
 もし、ジョージ・フロイドさん殺害事件やその後の警察への激しい抗議行動のニュースに触れて「なぜ?」という質問が小さなお子さんから出た場合は是非この本(あるいは動画)を。そして、この本に過剰反応している警察支持の皆さんのために、「いい警官だってもちろんいる」と書いてある部分は大きな声で読んであげて下さい。「いい警官だっているんだ、でも全員がそうであるという考えはあてにできない」、これは反警察でもなんでもなく、子供も知っておいたほうがいい事実だと思うんですけどね。警察官も、私たちと同じ人間なのですから・・・。

 第5位『The Absolutely True Diary of a Part-Time Indian(はみだしインディアンのホントにホントの物語)』

 出ました! 2010年代の10年間を通してもっとも抗議が多かった本ナンバー1のこの小説。今年も安定のランクイン。絶望と諦念が漂うネイティブ・アメリカン居留地を飛び出して、裕福な白人ばかりの高校に通うことにした少年が主人公。二つのコミュニティで引き裂かれつつも強く成長していく少年の姿を、自身も居留地出身であるコメディアンの著者シャーマン・アレクシー(Sherman Alexie)が軽妙な感じで描いている傑作YA小説。
 詳しくはこちらで↓

 私の大好きなこの小説が、今年もたくさん文句をつけられているようで・・・嬉しいです! 文句をつけられている限り作品として生き残ると思うので。主な抗議理由は、不敬語の使用、性的な描写、著者のセクハラ疑惑など。抗議理由の最後が残念ですね。なにやってんだよ、シャーマン・アレクシー。あなたみたいな人は、ネイティブ・アメリカン・コミュニティの希望の星なんだからしっかりしないと!

第4位『Speak(スピーク)』

 まるで声を奪われたかのように言葉を発しなくなった孤独な女子高生メリンダ。彼女には誰にも言えない秘密があった。高校生になる直前の夏、レイプされていたのだった・・・。
 書くのも痛々しい『Speak(スピーク)』のストーリーですが、これは自身も性的暴行の被害者であるローリ―・ハルツ・アンダーソン(Laurie Halse Anderson)による半自伝的なYA小説です。1999年、もう20年以上前の小説なのに読みつがれ、刊行以来こちらも抗議本の常連。2004年にはクリステン・スチュワート主演で映画化もされている。
 少女の苦しみと再生を描いたこの小説、まずびっくりなのが、こういう本が国語の授業のカリキュラムに入っている学校があるという事です!! 日本だったらあり得ない。こういう本とか『青い眼がほしい』とか、思いっきり性描写がある本を堂々と授業で使うアメリカ。いいのか悪いのかわかんないけど、確実に親ともめます!
 主な抗議理由は、政治的な観点が含まれている、男性学生に対する偏見、レイプや不敬語が含まれている、など。
 反MeToo運動の方々、青少年の性行為に伝統的な価値観を重んじている方々にとっては、学校で扱ってほしくない小説ということか。

第3位『All American Boys(オール・アメリカン・ボーイズ )』

 2015年刊行、多数の文学賞を受賞した中学生くらいを対象としている小説。
 警官による黒人少年暴行の動画が拡散しその地域を揺るがす中、当事者の黒人少年と目撃者の白人少年は、それぞれの立場で葛藤する。黒人少年のパートは黒人作家のジェイソン・レイノルズ(Jason Reynolds)が、白人少年のパートは白人作家のブレンダン・カイリー(Brendan Kiely)が、ユニークな共著のスタイルで綴っている。こういうコラボ、いいですね。第10位にランクインした似たようなテーマの『The Hate U Give(ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ)』が、非常に面白い小説ながら、黒人の主人公からの視点のみで語られ、撃ってしまった白人警官側の事情や心情が出て来なかったことを物足りなく思っていたので、この小説のような共著の試みがあるのは大歓迎。
 主な抗議理由は、不敬語の使用、ドラッグ使用や飲酒の描写が含まれている、反警察の考えの促進、敵対を煽る主題を含んでいる、現在慎重に扱うべき問題であり過ぎる、など。
 黒人少年のパートを担当した作家ジェイソン・レノルズは、第3位に輝いたこの小説のほかにこの後もう一作でもランキングに登場します。絶好調ですね。YA、児童書分野で文学賞をとりまくっているアメリカ出版界の宝です。青少年向け本バージョンのコルソン・ホワイトヘッドだな。
 第10位の『ヘイト・ユー・ギヴ』のアンジー・トーマスとこの第3位の『オール・アメリカン・ボーイズ』の著者二人は、ある高校の夏のおすすめ読書リストから抗議により両作品がそろって外されたことを受け、連名でコメントを発表しているので、ここに引用します。

“Our books are not anti-police, they are anti-police brutality. We’re proud of the teachers at Wando HS who are using literature that reflects the lives of so many young people across this country. To deny these books from reading lists would deny too many young people reflections of the reality they know and experience.”

Jason Reynolds, Brendan Kiely, and Angie Thomas

「私たちの本は、反・警察ではありません。反・警察暴力の本なのです。国中の多くの若者たちの人生を反映した文学作品を使おうとしてくれた高校の先生たちを誇りに思います。こうした本を読書リストから排除することは、多過ぎるくらい多くの若者たちが知り経験している現実、それに対して彼らが考えることを否定することになります。」

ジェイソン・レノルズ、ブレンダン・カイリー、アンジー・トーマス

第2位『Stamped: Racism, Antiracism, and You』


 この本、すごく売れているんですけど(ニューヨーク・タイムズNo.1ベストセラー!です)邦訳が出ていないんですね。
 歴史学者イブラム・X・ケンディ(Ibram X. Kendi)による全米図書賞受賞のアメリカにおける人種差別と反・人種差別の歴史書『Stamped from the Beginning』を、第三位の『オール・アメリカン・ボーイズ』の著者の一人ジェイソン・レノルズ(Jason Reynolds)が若者向けにやさしく書き直したノン・フィクション。
 とにかく「脱・歴史書」「わかりやすく」「読みやすいペースで」元の歴史書をリミックスしたそうとのことで、なんとなくこういう問題に関する本を読むのは気が重い・・・という大人にもおすすめ。ちなみに私はこのレベルに落としてもらっておきながら、読むときにかなり頭を使いました。人々の人種差別への考え方をのっけから、「Segregationist(差別主義者)」「Antiracist(反差別主義者)」「Assimilationists(同化主義者?←私の勝手な訳です)」の3グループに分けているのだけど、多くの人(黒人も含め)が「Assimitationists」であり、それは自覚が難しいが差別の一形態だ、ということをこの本が訴えています。自分も反差別主義者ではなく同化主義者だと気づかされた一冊。同化主義者を反差別主義者に転向させようとしている本という感じ。歴史上、黒人の地位向上に貢献してきた偉人ですら、本物の反人種差別主義者ではなく同化主義者だと容赦なく批判。オバマですら。
 図書館への主な抗議理由は、著者の公式声明(※声明が多過ぎてどれが抗議の対象だったのか確認できず)、扱っているエピソードの選択が公平ではない、すべての人々に対する人種差別を網羅していない、など。

第1位『George(ジョージと秘密のメリッサ)』

 三年連続堂々の一位、おめでとう!!! やったね!!! ・・・と言っていいのか?
 男子として育ったものの内面ではどうしても自分を女子としか感じられない小学校四年生のジョージが、学校劇で主役の女の子の役を演じるという夢をかなえようとする、アレックス・ジーノ(Alex Gino)による小学校中学年~高学年向けの児童書です。2016年の刊行以来、抗議殺到で今年も安定の一位。2022年現在、原書の題名は『Melissa』に変えられています。確かに・・・本人は自分を「Melissa」だと思っているわけだから、「George」というタイトルはよく考えるとおかしいかも?? 邦題は、うまいことつけましたね。
 それにしても、3年連続抗議件数1位なんて、そんなにすごいことが書いてあるのか? 過激なのか? これは読むしかない・・・とワクワクしながら読んだんですけど・・・・・・ぜんっぜん大したことなかった。そんなにもめる本か? これは、ターゲット読者の年齢が低いことが問題なんでしょうね。著者は小学生を想定しており、内容的にそれは納得できるのですが、保護者の求める対象年齢は高校生くらい、だって。小学校のうちからこんな考え吹き込まれちゃ困るわ!ってか。いや~・・・今の高校生はさすがにこんなお子様な本、手にとらないでしょう・・・。

 この本、むしろ日本だったらそれほど問題にならないかも。これがもめるのはアメリカだから、クリスチャンの国だからじゃないかな。主な抗議理由は、LGBTQIA+コンテンツだから、宗教的な観点と矛盾している、「我々のコミュニティの価値観」を反映していない、などなど。
 やはり「宗教」が関係している。保守的なクリスチャンにとっては、世界は「男」「女」の二種類しかいない場所で、完全なバイナリー思考。アダムとイブの頃から一貫してますな。どうしてもトランスジェンダーやらゲイやらは受け入れがたいようで・・・。
 内容的に子供に読ませても大丈夫な、「トランスジェンダーの子ってこんなふうに感じているんだよ」という入門編みたいな小説で、全体的にやさしい雰囲気が漂っている。私はむしろそこがひっかかった。こんないい友達いないって。『Wonder(ワンダー)』もそうだったけれど、多くの人と違う体で生まれた本人が自ら勇気を持って一歩踏み出すというより、天使のような友人の勇気に頼っている内容。♪そうだったらいいのにな そうだったらいいのにな♪というお話。現実はもっともっとつらく、難しいはず。
 トランスジェンダーの当人の気持ちに寄り添った本というより、そうではない子がそういう子を理解するための教育本。だから、学校や図書館のおすすめ本になってしまい、抗議が来る・・・という流れと思われます。

まとめ

 大人は、他の大人がどの本を読もうが口出しできないということは理解している。他人はコントロールできないし、する権利も無い。自由の国アメリカですから。大人の読書にケチをつけたら、「言論の自由の侵害」「検閲」。

 しかし、自分の子供が関係していたらいくらでも文句つけていいと思っているらしい。そのせいで、図書館でもめる本もほぼすべて子供がらみ、教育がらみ。

 前回は、LGBTQIA+本がランキングを占め、今回は人種間不平等を扱った本で文句殺到。

「うちの子にはLGBTQIA+のことなんて教えさせないわ!」
「うちは家族に警察がいるのよ!子供がいじめられたらどうするの?!」

といった感じです。

青少年の皆さんもうるさい親御さんがおうちにいて大変そうですね。早く大きくなって、自分で読みたい本を読みたいだけ読めるようになるといいですね!!

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